布施のまちに、居酒屋は星の数ほどある。
酔いたい夜も、話したい夜も、黙って飲みたい夜も。
でも——「おかんとひとしな」は、そんな気分の前にある場所かもしれない。
ここはただ酔うためじゃなく、帰りたいと思わせてくれるところ。
あのカウンターに座れば、季節の小鉢と、どて焼きと、なにより「おかん」が、きっと待っていてくれる。
ただいま、の気配がするカウンター
「居酒屋」という言葉では、少し足りない。
正確に言えば、「おかんの家庭料理のお店」。
でも、もっと言えば——あたたかい手の記憶のような場所。
店内は、カウンターだけ。7、8人も入ればいっぱいになる。
その狭さが、逆にちょうどいい。となりの誰かと、自然と会話が生まれるから。
「おつかれさま」「それ美味しそうですね」
そのやりとりが、この場所の空気をゆるめていく。
最初の三品で今日の調子がわかる
まずは、三種盛りの小鉢から。
この日はブロッコリーのかにかまあんかけ、わかめと筍の煮物、豆とベーコンのマヨネーズ炒め。
そんな季節ごとの小鉢たちが、器にちょこんと並ぶ。
「今日はこんな感じでね」
そう言って出される皿には、その日のおかんの気分と、季節の風が詰まってる。
どて焼きは、定番。
牛すじが、箸ですっとほどけるやわらかさ。
甘辛い味噌が染みて、体の奥がゆるむような味。
〆に食べたいのは、肉味噌おにぎり。
この肉味噌、実は「瓶で持ち帰りたい」っていう常連もいるくらい人気者。
濃厚だけど重すぎず、ちょうどいい塩梅。
はじまりは、スマホの中の台所
おかんの料理は、もともとInstagramに投稿していた手料理の写真から。
見るだけで食欲がそそられ、真似したくなる。そんなパワーを持つおかんの料理に、どんどんフォロワーが増えていった。
「仕事やめて、お店やったらええやん」
そんな背中を押してくれたのが、娘さんと息子さん。
娘さんは日本酒、息子さんはウイスキー担当。
家族の得意なものを持ち寄って、お店の引き出しはどんどん増えていった。
家族の味が、町の味になっていく
「うちのおかん、ちょっとすごいねん」
最初はそんな気持ちだったのかもしれない。
でもいまでは、常連たちがそう言う。
「この春巻き、ほんまおいしいわ」
誰かの家族の味が、いつの間にかこの町の味になっていった。
商店街の、やさしい灯りの先に
東大阪・布施の商店街。にぎやかな通りをちょっと抜けた先に、ぽつんと灯るあかりがある。
ガラス越しに見えるカウンターと、笑って迎えるおかんの顔。
それだけで、「今日も来てよかったな」と思える。
料理は、元気をつくるもの。
「お腹いっぱいやけど、なんかほっとする」
そんなごはんが、ここにはある。
今日も、おかんは誰かのために、ひとしなひとしな丁寧に仕込んでいる。
まるで、遠くにいる家族の帰りを待つみたいに。
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