東大阪・布施商店街。賑やかな下町の空気の中、ひっそりと、それでも確かに「今」を更新し続けるピザ屋がある。名前は「That’s PIZZA」。
ナポリ仕込みの技と、布施っ子の温度感。そのあいだに立ち上がる、香ばしくて、ちょっと誇らしい日常のにおい。
これは単なる“ピザ屋”の話じゃない。
食とまち、カルチャーと人が混じり合う、小さな交差点の物語。
住所 | 大阪府東大阪市長堂1-19-2GoogleMap |
---|---|
電話番号 | 06-4309-8268 |
営業時間 | 11:30-21:30(L.O. 21:00) |
定休日 | 火曜日 |
黒い外壁の向こうに、湯気と笑い声とピザの香り
布施商店街の通りを歩いていると、にわかに空気が変わる一角がある。
黒を基調にした外壁。中央には、ネオンのピザサイン。
店前に止まるママチャリ。前カゴには子供用のシート。
ふと足を止めたくなる、そんな風景の真ん中にあるのが「That’s PIZZA 布施店」だ。
「ピザ」という言葉を、あえて飾らずに名乗るこの店には、かしこまりのない親しみと、地元へのまなざしが詰まっている。
入り口のドアを押せば、焼きたての香ばしい香りが鼻先をくすぐり、カウンター越しに薪窯の炎が揺れている。
手際よく生地を伸ばす職人の手さばき。カウンターに置かれる皿。笑顔でピザを頬張る子ども。
それぞれの“今”が、ゆるやかにつながっていく。
ピザは生地で決まる。100時間のうまみ仕込み
That’s PIZZAが大切にしているのは「生地が9割」という哲学。
素材は、小麦、水、塩、酵母。驚くほどシンプル。でも、だからこそ奥深い。
日々の気温や湿度を見極めながら、その日の“生地の機嫌”に寄り添うように仕込みは行われる。
4日間、100時間かけて発酵させる生地は、ふんわりと軽く、それでいて奥行きがある。
高温の薪窯に入ると、一気に焼き上がり、外はカリッと香ばしく、中はもちっとやさしい食感に。
「裏面の焼き色を見れば、職人の腕がわかる」と言うが、ここでは一枚のピザに、目の前の人を喜ばせたいという気持ちが、しっかり焼き込まれている。
“ピッツァ”じゃなくて、“ピザ”でいい
オーナーの梶原洋平さんは、ナポリの有名店「イル・ピッツァイオーロ・デル・プレジデンテ」で修行を積んだ人物だ。
でも、彼が目指すのは高級感のある「ピッツァ」じゃない。もっと暮らしの中に根ざした、いつもの「ピザ」だ。
それは、ナポリの街角で見た風景に原点がある。
地元の人たちが、当たり前のようにピザ屋に集まり、笑い、語らう。
「食べること」よりも、「そこにいること」に意味があるような、そんな場所。
That’s PIZZAの看板メニュー、マルゲリータは950円。
ナポリと同じくらいの価格設定にしているのは、「本物の味を、日常のまま届けたいから」。
特別じゃない。だけど、なんだか毎回食べたくなる。
取材中にも、「うちは毎回これ頼むねん」と笑う家族連れの声が耳に残った。
薪窯の炎と、まちの熱量と
この店のシンボルとも言える、真っ赤に燃える薪窯。
ナポリから船便で運ばれてきた特注の一基。
500度を超える高温の中で、ピザはほんの数分で焼き上がる。
その火の音すら、どこかこの町の鼓動のようにも聞こえてくる。
2021年の改装で、2階には光が差し込む明るいテーブル席ができた。
ここでは子ども向けのピザ教室や、落語イベントも開かれる。
いつの間にか、ピザ屋は「ただ食べる場所」から、「集まる場所」へと姿を変えていた。
梶原さんが言う。「いいまちには、“かっこいいピザ屋”がある。」
ここで言う“かっこいい”は、デザインや流行の話じゃない。
人が集まって、関係が生まれて、何かが動き出すような。
スケボーやファッション、音楽といったカルチャーと日常が交差する空気。
その交差点に立つのが、ピザ屋なんだと。
変わらないまなざしと、少しずつ変わるまち
That’s PIZZAは、布施で生まれた。梶原さんもまた、布施で育った人だ。
その店が、今や南堀江・梅田豊崎・玉造と、少しずつ輪を広げている。
それでも、彼が立つのはいつも本店・布施店のカウンター。
2025年で、開業からちょうど10年。
10年経っても、窯の前に立つ姿は変わらない。
けれど、その周りでは、まちの表情が少しずつ変わっていく。
子どもが増えた。カルチャーイベントが開かれるようになった。
なんでもないような日常が、少しだけあざやかになった気がする。
ピザ屋から、まちに恋をする
「ピザを食べに来たはずなのに、なんだかこのまちが好きになる。」
That’s PIZZAには、そんな空気がある。
気取らないのに、どこか凛としてる。
カウンターでピザを待つあいだ、ふと耳にした誰かの笑い声が、なぜか心地よかったりする。
まちを変えるのは、大きな開発でも、新しい施設でもないのかもしれない。
こうして、薪窯の前でピザを焼き続ける一人の背中。
その背中に灯った炎が、ゆっくり、まちの景色をあたためていく。
ピザ屋をのぞきにいくことが、布施というまちと、出会いなおす一歩になるかもしれない。