アーケードを抜けたその先に、ちょっとだけ風向きが変わるような一角がある。
「Jardin de Ran(ジャルダン・デ・ラン)」。
フレンチだけど、気取ってない。おいしいけど、静かすぎない。
布施のまちに、そっと根を張るこの店には、一流ホテル仕込みの腕と、下町の温度が同居している。背筋が伸びるようでいて、どこか懐かしい味がする。そんなお皿が、今日もふつうに並んでいる。
住所 | 大阪府東大阪市足代南1-3-14GoogleMap |
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電話番号 | 06-6727-6778 |
営業時間 | 11:30~14:00、18:00~21:30 |
定休日 | 火曜日 |
喫煙可否 | 禁煙 |
商店街を抜けた先の、やさしい余白
布施駅から歩いてすぐの「広小路南商店街」。
八百屋の元気な掛け声を背中に受けながらアーケードを抜けると、急に空気がすこし柔らかくなる。
白い壁、控えめな看板。まるで通り過ぎてほしそうな顔をしながら、どこか引き寄せられる外観。
「ジャルダン・デ・ラン」は、そんなふうに、まちの“隙間”のように佇んでいる。
もともとは喫茶店だった場所。永田さんの母が営んでいたお店の記憶が、今も内装のあちこちに残る。
木のカウンター、ボックス席、やわらかい照明。どれも、少し古くて、ちょうどいい。
背筋をしゃんとさせるフレンチも、ここではどこか、肩の力が抜けているように見える。
こだわらない、を貫く強さ
「フレンチにこだわりすぎない」——そう語る永田さんの料理には、境界線がない。
ある日はオイルサーディン、また別の日には、カルパッチョが前菜に並ぶ。ジャンルよりも、“このまちの人に合うかどうか”が最優先。
常連が楽しみにしているのは、日替わりのワンプレートランチ。
少しずつ盛られたおかずたちが、どれも手間のかかった味。
この日のメインはハンバーグ。「あの人が来るから」と、リクエストで決まったらしい。 その一皿には、台所で誰かのために手を動かす、あの感じがある。
夏が近づけば、スペインでは定番のガスパチョが登場する。 冷たいトマトのスープが、汗ばむ肌にすっと染み込む。 季節を感じる料理は、口よりも先に、身体が「ありがとう」と言ってしまうようなやさしさだ。
素材のことを、語りすぎずに
自由なようでいて、基礎はしっかりしている。
ワインは、料理を引き立てる辛口が中心。
ハムもチーズも、永田さんが実際に味を確かめて「これだ」と思ったものだけを使っている。
仕入れも自分の足で。毎日7〜8軒をまわって、その日一番の食材を手に入れる。
「めずらしい野菜にも挑戦したいんです」——その目には、毎日の台所仕事に似たまっすぐさがある。
ガチガチのこだわりじゃない。けれど、揺るがない“信念”のようなものがそこにある。
キッシュの違いで、感じる時間帯
「キッシュな、いっぺん食べてみて?ほんまおいしいねん」と、常連さんは口をそろえる。
でも、それがランチかディナーかで、味わいは少し違う。
ランチタイムには、フランスパンを使った素朴な生地。
かみごたえがあって、満足感も大きい。
一方で、ディナーになると、手作りのパイ生地に変わる。
バターの香りが立ちのぼり、ワインとの相性がたまらない。
「その違い、けっこう気づかれてないんですよ」
そう言って笑う永田さんの目が、ちょっと誇らしげだった。
同じ「キッシュ」でも、時間によって変わる表情がある。
それはまるで、昼と夜で雰囲気を変える喫茶店のようでもある。
布施に帰ってきた理由
「布施で、ちゃんと愛される店をつくりたかったんです」
そう話す永田さんは、このまちで生まれ育った。
学校を卒業して、大阪の名門ホテルに就職。
一流の現場で料理のいろはを学んで、いったん遠くに出たあと、ふたたび布施へ戻ってきた。
かつての喫茶店に、もう一度あかりをともして始めたのが、「ジャルダン・デ・ラン」。
“特別なフレンチ”じゃなくて、“まちの日常にあるフレンチ”。
それは、ちょっと背伸びしないごちそう。
でも、ちゃんとおいしい。しみじみと、うれしい。
そのお皿の上には、地元へのまなざしと、静かな誇りがそっとのっている気がした。
あとがき
ジャルダン・デ・ラン——フランス語で、“ランドの庭”。
でもたぶん、ここは布施の庭でもある。
誰かのためのランチ、一日の終わりのディナー、ちょっと背伸びしたい日の予約。
そんな日常が、ふわりと咲く場所。
「今日は、あの味に会いに行こうと思う。」
そんな気分が似合うお店が、この町にあるって、ちょっといい。