布施駅の高架下、ポッポアベニューの片隅に「あめりか亭」がある。
1973年の創業から、変わらないリズムで時を刻んできた喫茶店だ。
ここではモーニングが午後3時までやっているし、ケーキセットはいつもどこか朗らかで、コーヒーはおかわり自由。
気取らないのに沁みてくるのは、きっと「いつも通り」を丁寧に続けてきたから。
交差する暮らしと時間のなかに、あめりか亭の“まいにち”が息づいていた。
高架下で見つかる、静かなリズム
近鉄布施駅の改札を出て、アーケードの屋根の下を歩く。夕飯の材料を抱えた手、スマホをのぞき込む制服姿、散歩途中の犬と目が合う。
その流れの一部みたいに「あめりか亭」はある。
ガラス越しに見える、新聞と湯気と、少し背中の丸い常連客。気張らない空気の中に、なぜかホッとする余白がある。
創業は1973年。50年という時間の中で、派手に何かが変わったわけじゃない。
けれどその分、静かに“積み重ねられてきた日々”の確かさが、ここにはある。朝の光も、午後の温度も、同じ椅子が覚えている。
モーニングは、午後3時のやさしさ
ここのモーニングは遅くまでやっている。
早起きが苦手な人も、仕事を終えてやってくる人も、
「まだ朝ですよ」と言ってくれるようなやさしさがある。
メニューは3種類。トースト、卵サンド、ツナサンド。
ロールパンは軽く焼かれて、ふわふわの食パンはそのままで。
整った断面の美しさは、手間と気遣いの表れのようでもある。
添えられたサラダには、ロースハムと缶詰のパイナップル。
少しだけ昭和の香りがする。でも、どこか新鮮でもある。
和風かフレンチか。ドレッシングを選ぶ小さな時間も、ひとつの楽しみ。
「おかわり、いかがですか」の魔法
ホットコーヒーと紅茶はおかわり自由。
自分でポットの前まで行ってもいいし、
タイミングを見て店員さんが声をかけてくれることもある。
その「おかわり、いかがですか」のひと言が、不思議とやわらかく響く。
さっきまでのモヤモヤが、少しだけ晴れるような気がする。
次の一杯は、飲み物というより「時間の続き」なのかもしれない。
うれしいのは、ポットにアメリカン珈琲が用意されていること。香ばしさはそのままに、すっと軽い飲み口。
地元のおばちゃんたちは、たいていアメリカンを選んで、ゆっくりおしゃべりしている。誰かとの会話にも、ひとりの読書にも、ちょうどいい温度。
一応、90分で3回まで。だけど、そこまできっちりしてない。
そのゆるさが、過ごす時間をもっと自由にしてくれる。
午後になると、ショーケースが主役になる
午後の人気は、ケーキセット(850円)。
ショーケースの前で迷う時間が、もう楽しい。
モンブランにショコラケーキ、ロールケーキ。どれも飾りすぎず、素朴な顔つき。
中でもレモンパイは、ふんわりメレンゲと甘酸っぱいレモンクリームが絶妙。ひと口食べれば、子どものころの“ごほうび”を思い出すような味がする。紅茶との組み合わせで、午後が少しだけやさしくなる。
コーヒー、紅茶、コーラ。選べるドリンクも、その日の気分に寄り添ってくれる。
なんでもない午後が、ちょっとだけ光を帯びる。
そんな景色が、ここにはある。
ちょっと変わって、ちゃんと変わらない
2025年の春、あめりか亭は全面禁煙になった。
それに合わせて少しの間お休みし、壁紙も新しくしたそうだ。
でも、目に映るものの奥は、変わっていない。
「いつもの席」があって、「いつもの注文」があって、
そこに来る人たちが、また今日も同じように笑っている。
新しい風は、前の空気をちゃんと抱きしめていた。
時代の中で、少しだけ背筋を伸ばしながら、それでも「ここ」であり続けている。
つながっていく、ちがう時間
午前11時。毎日同じ席に座る人が、ゆっくりとモーニングを食べ終える。
午後3時前。わたしはケーキセットを選びに、この店へ入る。
同じテーブル、ちがう時間。交わらないけれど、たしかにつながっている。
この店の「まいにち」は、そうやって続いている。
今日という日が、特別じゃなくても、ちょっとやさしくなる場所。
誰かの朝と、わたしの午後。
あめりか亭のカップの湯気に、それがふわりと重なる。
たぶんこれが、「喫茶店で生きる」ってことなんだと思う。