大阪・布施。商店街のざわめきの中に、小さな韓国料理屋「漢拏(ハンラ)」がある。元は惣菜屋。今もママは、家の台所に立つみたいな気配で、鍋をかきまぜている。昼でも夜でも頼める定食。素朴な小鉢。キムチのおかわり。時々、娘さんと笑い合う姿も見える。ここは、家でもあり、店でもある。そんな食卓が、今日も町の腹と心を、そっと支えている。
住所 | 大阪府東大阪市足代1-15-12GoogleMap |
---|---|
電話番号 | 06-6753-8867 |
営業時間 | 平日|11:00〜14:00/17:00〜22:00 土日祝|11:00〜22:00 |
定休日 | 木曜日 |
喫煙可否 | 禁煙 |
はじまりは、台所のにおいから
布施駅を出て、商店街を数分。八百屋や焼き鳥屋が並ぶ、暮らしの音がする通りの一角に、小さな韓国料理屋がある。
ガラス張りの扉越しに見えるのは、立ちのぼる湯気と、テレビから流れる韓国語。名前は「漢拏(ハンラ)」。どこか異国。でも、肩の力が抜ける空気がある。
店を営むのは、近所で長年惣菜屋をしていたママ。
イクアウト専門だった惣菜屋を閉じて、「今度はごはんを食べてもらえる場所に」と2020年に店を開いた。
あの頃の味を、そのまま、いまの食卓に。始まりは、家の台所から漂う匂いのようなものだったのかもしれない。
昼でも夜でも、おかずが待ってる
ハンラの定食は、昼だけじゃない。夜でも、ふつうに、当たり前のように頼める。
スンドゥブ、ビビンバ、テンジャンチゲ。990円から頼める定食には、小鉢が4つ、ごはん、そしてキムチがついてくる。
どの皿にも、誰かの手が感じられる温度があって、しみじみおいしい。キムチはおかわり自由。ママが「もっと食べる?」と聞いてくれることもある。
それだけで、ここが店であることを、ちょっと忘れてしまう。
まかないと家族の境界線がない店
厨房に立つのはママひとりじゃない。スタッフの多くは、お母さん世代の女性たち。
昼と夜のあいだ、静かになった店内に「これ、美味しかったわね」なんて声が響く。忙しいはずなのに、せかせかしてない。ちょっと笑って、ちょっと休んで、また手を動かす。
タイミングが合えば、娘さんが店にやってきて、まかないを食べながら、今日の出来事をママに話している。それは“家族のような店”というより、“ほんとうに家族がいる店”。
仕切りのない空間。境界線のない時間。客も、スタッフも、家族も、ふとした拍子に混ざり合っている。
惣菜屋から、食堂へ。でも、変わらなかったこと
「若い子が来る店になると思ってたのよ」
ママはそう笑う。開店は2020年、韓国ブームが盛り上がっていた頃。もっとポップで、華やかなお店になる予定だった。
でも、ふたを開けてみれば──あの惣菜屋に通っていた常連さんたちが、変わらず足を運んでくれた。
「気づいたらね、40代50代のお客さんが多くて。あんまり、変わってないのよ」
流行りのメニューもあるけれど、みんなが求めてるのは、あの頃の“おかず”だった。惣菜屋から食堂へ。姿は変わっても、食卓の本質はそのままだったのかもしれない。
あの一皿が、また食べたくなる
ハンラの料理は、派手さがない。けれど、一口目で「ああ、家の味だ」と思う。
たとえばキンパ。注文を受けてから巻いてくれるから、ごはんがふっくら温かい。具材は控えめ、だけどちゃんと味があって、主食としてじゅうぶん成立してる。
蒸し豚(ポッサム)も、じんわり沁みる。分厚いのに柔らかくて、キムチと炒めたほっくほくのにんにくをのせて頬張れば、ごはんが止まらない。
サムギョプサルは食べ放題。だけど、自分で焼くスタイルじゃない。厨房で丁寧に焼かれたお肉を、できたてのまま持ってきてくれる。
“ちゃんと作ってる”って、こういうことだと思う。誰かの顔を思い浮かべながら、台所に立つ気配がある。
外の中にある、うちの気配
ハンラには、“入りやすい店”以上に、“迎えてくれる空気”がある。
お昼どきは、買い物帰りのおばちゃん。夕方は、仕事終わりのサラリーマン。
どちらにも、ママは変わらない声で「いらっしゃい」と言い、必要があればそっと「おかわりいる?」と聞いてくれる。
食べ終えて店を出るとき、「またね」と手を振ってくれる。それが、妙にうれしかったりする。
外にある、うちの気配。ここは「外食」じゃなくて、「外の食卓」なんだと思う。
ちょっと寄っていく、ごはん屋さん
観光で食べる韓国料理もいいけれど、こういうお店が近くにあると、日々の風景がちょっと豊かになる。
「映える」より、「沁みる」。「わざわざ」より、「ついでに」。そんな距離感が、心をあたためてくれる。
今日もきっと、ママは台所に立っている。娘さんと何か笑ってるかもしれない。「おかわりいる?」の声が、なんだか恋しくなったら──また、布施の商店街に寄ってみようと思う。