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布施のおすすめスポット

2代目夫婦が守る、火とタレとまちの夜。【串焼酒場 かん八|焼き鳥屋】

布施の町に、赤い光がある。雑居ビルのすき間にぽつんと現れるその看板は、ちょっと強めの色合いなのに、不思議と町の景色になじんでいる。焼き鳥屋「かん八」は、昭和の終わりに生まれて、気づけば40年をとうに超えていた。

火の前に立つのは、2代目の店主。母から直接教わったわけじゃない。ただ黙って、火と手を見て覚えた味がある。夫婦ふたりの趣味や私情がにじみ出た店内で、今日もまた、一本の串が焼かれている。

派手じゃないけど、ちゃんとあたたかい。そんな場所が、町にひとつあるということ。

スポット情報
串焼酒場 かん八
住所 大阪府東大阪市足代2-1-21 宝商ビル 1FGoogleMap
電話番号 06-6736-0915
営業時間 17:00~23:00
定休日 日曜日

赤い光がにじむ夜に

布施駅東口から、東一条通りを少し歩く。ふいに視界を射抜くような赤い光が、雑居ビルの隙間に浮かんでいる。焼き鳥屋「かん八」──その看板の存在感は、いまの時代にはちょっとめずらしいくらいの直球勝負だ。

「炭火焼」「名代とり串焼」「名物ホルモン串焼」。黒字の太文字で描かれた文字が、赤地の看板にズバッと映えている。昭和の終わりに生まれたデザインは、いま見ればどこか新鮮で、つくりものではない優しさがある。

創業は40年以上前。2025年の今ではもう、すっかり町に根づいた風景だ。かつてこの周辺には証券会社や金融機関が入るビルも多く、仕事帰りのスーツ姿たちが、赤い光の下に吸い込まれていったという。

今は、近所の人たちや家族連れが、ふらりと晩酌に訪れる。一日の終わりと、夜のはじまりのあいだに、この店はそっと灯っている。

火のそばで、言葉のない伝承

焼き台の前に立つのは、二代目店主。この店をずっとひとりで守ってきた母の手伝いを始めたのが10年前(取材時2025年)。3年前、結婚を機に店を引き継いだ。

「教えてもらったことは、ひとつもないんです」そう言って笑うその手は、驚くほど迷いがない。火の強さ、串の返し方、焼き上がりの見極め。すべては焼き台の横で、母の手を見て覚えた。

黙って見て、感じて、繰り返す。言葉のない継承が、この店にはあった。

味の要となるのは、創業から継ぎ足しで受け継がれる“秘伝のタレ”。厨房の片隅に置かれた大きなカメの中で、静かに、でも確かに生きている。

甘すぎず、でも鶏の脂と煙にしっかり応える芯のある味。日々の焼きのなかで、ほんの少しずつ加え、少しずつ育てていく。変わらないようで、ちゃんと変わっている。そんな“時間の味”が、一本一本の串にまとわりついていた。

串とサワーと、夜の入口

カウンターの奥から、やさしい声が飛んでくる。「何本からでも大丈夫ですよ」

手描きのホワイトボードを前に、どれにしようか迷っていたら、奥さんが大将おすすめの“10本セット”をそっと教えてくれた。あれもこれもと悩むなら、まずはそれをシェアしてみるのもいい。

この日は、ねぎま(タレ)、キモ(タレ)、ささみ(塩)、皮(塩)を注文。火の入り具合がちょうどよく、表面は香ばしくて中はしっとり。タレの甘みと炭の香りが重なって、一本一本にちゃんと物語がある。

特に印象的だったのは、キモ。臭みがまったくなく、血の重さもない。新鮮なうちに丁寧に下処理されているのがわかる。

そして鳥刺し。選びきれずに、ささみと肝の二種盛りを。ささみは、醤油とわさびでキリッと清らかに。肝は、ごま油と塩でとろりと濃厚に。どちらも酒がするする進んでいく。

瓶ビールを飲み干したあとには、名物の「梅干しサワー」を。大きな梅干しがごろんと沈み、酸っぱさの中にどこか懐かしさがある。喉だけでなく、気持ちまでスッとほどけていくような一杯だった。

にじみ出す“ふたりの素”

かん八のおもしろさは、味だけじゃない。この店には、ふたりの“私情”がちゃんとにじみ出ている。

店内の壁には地下アイドルのポスター。テレビからは洋楽バンドのライブ映像。焼き鳥屋らしからぬこの風景が、不思議と落ち着くのは、ふたりが音楽を通じて出会ったという背景があるからかもしれない。

そして、ホワイトボードの隣には、奥さん手描きの“本日のイラスト”。その日は偶然「串の日」だったようで、店主がサイリウムのカラフル串を両手に持って踊っている、なんともゆるい絵が描かれていた。このイラストは、毎日SNSに投稿している。隠れファンも多く、日替わりで店の気配を楽しみにしている人も少なくない。

母から引き継いだ火とタレに、自分たちの“素”を重ねていく。それがこの店の、いまの味と空気になっている。

湯気と灯りと、夜の向こう

締めに頼んだのは、煮麺。湯気の向こうで、大将が静かに箸を動かしている。火を落としたあとの出汁をそっとすくい、白い器へと注ぎ入れる。

立ちのぼる湯気といっしょに、炭の匂いがやわらかく広がっていく。あれだけ賑やかだった店内の空気が、すっと落ち着いていくのがわかる。箸を取り、ひと口すする。そして、汁をくっと飲み干す。

言葉はいらない。しみじみと、いい締めだった。

扉を開けて外に出ると、空気がひんやりとしている。ふと振り返ると、あの赤い看板がまだ静かに灯っていた。店に入るときよりも、なんだか少しやさしく見える。派手じゃないのに、心のどこかが照らされているような気がした。

焼き鳥を焼く火だけじゃない。この灯りはきっと、誰かの今日を照らしている。その光にまた足を向けたくなる人がいる限り、「かん八」の夜は、これからも静かに続いていく。

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