釣り好きの店主がはじめた、まちの魚処

この店の店主は、筋金入りの釣り好きだ。
休日になると海へ出て、波の音と風の匂いに包まれながら竿を出す。釣果があった日には、夜のカウンターにその魚がワンコインで並ぶ。ハマチやサゴシ、タチウオ。旬によって様々な魚が並んでいる。
それを知っている常連たちは、「今日は何釣れたん？」と暖簾をくぐるのが楽しみだ。

このお店の魚は、どれもまっすぐで正直な味がする。“うまい魚”ってこういうことかと、静かに納得する瞬間がある。居酒屋というより、小さな魚料理屋。

定番と気まぐれのあいだに

お造りの盛り合わせは、毎回違う顔を見せる。その日の魚の中から、いちばんいいところを出してくれるからだ。

大ぶりのつくねも人気。炭の香ばしさと肉の旨味に、思わず箸が止まらない。

そして、紅生姜が鮮やかに映えるだし巻き卵。
見た目の愛らしさと裏腹に、しっかりと出汁が効いたやさしい味。

ここでは料理一つひとつに、ちゃんと“店主の好き”が詰まっている。奇をてらわず、でもちゃんと手間をかけて。
そんな料理が並ぶテーブルは、どんな一日にも似合う。

名物、「でっかい茶碗蒸し」

この店で必ず頼みたいのが、「でっかい茶碗蒸し」。名前の通り、両手で抱えるほどの大きさ。
中には、タコやエビ、白身魚など、その日おすすめの海の幸がごろごろと入っている。ひと口すくえば、出汁の香りが鼻に抜けて、思わずため息が出る。
お魚の旨味がぎゅっと詰まったその味は、まるで海を飲み込むよう。
ハーフサイズでも、普通の茶碗蒸しくらいのボリュームがあるのに、気づけば最後の一口まで夢中になっている。

今日も、海の気配がする

布施で店を構えて20年以上。通りの風景は少しずつ変わったけれど、この店の空気は昔と変わらない。
カウンター越しに聞こえる笑い声や、焼き台の音。そんな音に包まれていると、今日の疲れもどこかへ消えていく。

ふと鼻をくすぐる磯の香りに、店主がまた釣りに行ったんだと気づく。
“今日はええの釣れたで”と、少し照れくさそうに笑う顔が目に浮かぶ。魚を捌く音、揚げ油の音、笑い声。それが重なって、このまちの夜ができていく。

帰り際、「また来るわ」と言えば、「釣れたら呼ぶわ」と返ってくる。
そんな約束が、この店のいちばんのごちそうなのかもしれない。