布施の住宅街に、週に2日だけ開く食堂がある。手前に並ぶ小さな立て看板と、ふわりと漂うスパイスの匂いが、その場所をそっと教えてくれる。
「ソルソイル」。世界80カ国を旅した女性が営む、記憶の食卓。決まったメニューはない。ただその日、そのときの記憶をすくった、旅のひと皿があるだけ。
| 住所 | 大阪府東大阪市荒川1-5-11GoogleMap |
|---|---|
| 電話番号 | 090-9110-1603 |
| 営業時間 | 12:00~15:00、18:00~22:00(夜営業は要予約) |
| 定休日 | 月・火・水・木・土 |
スパイスの香りが、道しるべ

近鉄布施駅から、徒歩10分ほど。住宅街のなか、特に目印もない細道を歩いていると、不意にスパイスの香りが風にまぎれてくる。その匂いにつられて立ち止まると、小さな立て看板がひとつ。
「キューバサンド」「海鮮ビリヤニ」「麻辣刀削麺」——町の洋食屋や定食屋では見かけないラインナップに、自然と足が向く。

店の名前は「ソルソイル」。スペイン語の「Sol(太陽)」と、英語の「Soil(土)」を掛け合わせた造語だそう。
陽だまりのぬくもりと、根っこにつながる土の匂い。旅の終わりでも始まりでもない、どこかに“帰ってきた”ような感じがする。
旅と暮らしのあいだで

店を営むのは、80カ国以上を旅してきた女性。観光というより、土地に溶け込むように滞在し、暮らすように旅をしてきたという。
「ちょっと3ヶ月くらい、ふっと行っちゃうの。気がつけば半年いたりして」その話しぶりには、旅慣れた人の軽やかさと、どこにいても“日常”をつくれる人の強さがある。

旅行というより、旅に近い。もっと言えば、それは暮らしの延長線上にあるのかもしれない。ソルソイルの料理は、そんな日々からふいに生まれてくる。
毎週4品、その日だけのメニューが並ぶ。チキンフォー、豆とラムのトマト煮、サグパニール、バインセオ。いずれも、旅の途中でふいに出会った“あの味”が、記憶のなかからふっと立ち上がったような一皿たち。
手のひらサイズの異国

店内には、アジアや中東、アフリカで集めた雑貨がそっと置かれている。韓国の刺繍巾着、モロッコのコースター、エジプトのカップ。観光地の“お土産”とは少し違う、暮らしのなかで拾ったような、生活の手触りがある。

店主は料理人であると同時に、マッサージ師の顔も持つ。「口に入れるものも、身体に触れるものも、同じように大事にしたいの」
調味料や油はできる限りオーガニックなものを使い、水は奈良・天川村の湧き水を汲みに行く。きらびやかさではなく、身体の奥にじんわり届くやさしさ。旅先でふと出会った“誰かの台所”を、思い出させるような食卓だ。
型のないリズムで、生きていく

「これ、次はないかもね」そんな一言と一緒に出てくる料理は、どれも一期一会。
レシピはない。鍋を振る手は即興のようでいて、長い時間をかけて身体に染みこんだリズムで動いている。

店の内装も、動線も、決して整然とはしていないけれど、不思議と居心地がいい。誰かの家に招かれたような、ほどけた空気。決まりごとのない自由と、根を張るような静けさ。そのあいだを、店主は心地よさそうに行き来している。
地図にない目的地

イベントも演出もない。ただ、鍋の湯気の奥に、誰かの暮らしがある。そんな記憶が、一皿になって、静かに目の前に置かれる。
味よりも、温度。情報よりも、気配。ふとした瞬間に、心の奥に残る。そんな料理だ。

「また来よう」と思っても、次に同じ料理に出会える保証はない。だけどそれもまた、旅のようで、いい。迷いながらたどり着いて、ふとひと息つけたなら。それだけで、今日はちょっと、いい日だったような気がする。
どうぞ、お腹を空かせて。次の“旅のかけら”を、見つけにきてほしい。