布施の商店街の喧騒を抜けて、少しだけ歩く。
そこにぽつんとたたずむのが「笑福堂」。
1903年から変わらない店構え。ショーケースに並ぶ三色だんごや桜餅は、まるで季節をそのまま包んだような柔らかさ。
餅に込めた職人の技と、時間がゆっくり流れるあの店の空気。
それを目当てに足を運ぶ人がいるというのも、なんだかわかる気がする。
あの場所には、和菓子屋というより、暮らしの中にそっと置かれた“静けさ”があるのだ。
餅屋から始まった、和菓子のこと
和菓子屋、とひとくちに言っても、いろいろある。「笑福堂」は、布施の町で120年前から続く、餅屋をルーツに持つ和菓子屋だ。創業は1903年。今では三笠、栗まんじゅう、練り切りとバリエーション豊かな和菓子が並ぶけれど、やっぱり、主役は“餅”。
特に桜餅や三色だんごは、春だけじゃない。通年で求める人がいるというのも頷ける。「団子はね、作るのがいちばん難しいんよ」と店主の出倉さん。理屈じゃない。ひと口目の“モチッ”という食感。あれに、技が詰まっているのだと教えてくれる。
賑わいの先にある、静けさの店
布施の商店街を少し抜けた場所。人通りがすっと途切れた先に「笑福堂」はある。改修されていない店内は、開業当時のまま。ぎし、と床が鳴る音さえ、まるで時間を巻き戻してくれるようだった。
かつては通り全体が商店街だったという。でも今では、のれんを守る店はほんの数軒。そんな中で笑福堂は、変わらず“日常の甘さ”を届けてくれている。
近所の人が、ふらりと団子を買いに来る。誰かが誰かに「ここの桜餅、ちょっと違うよ」とすすめる。そうやって広がってきた人気は、今のインターネットによる情報の広がり方では測れない種類のものだと思う。
道具に宿る、手仕事の時間
工房の棚には、年季の入った道具たちが並んでいる。木の餅つき機や、盆菓子用の木型。一つひとつがオーダーメイド。120年分の“こだわり”が道具のひび割れや木目に滲んでいる。
「これはね、うちでずっと使ってる木型。これで練り切りを型取ると、いい感じの陰影が出るんよ」と出倉さんが話す。
その道具たちを眺めていると、職人の仕事とは、効率では測れない“時間の積み重ね”なのだということを教えられる。
佇まいが、目印になる町
町の景色が変わっていくなかで、笑福堂はほとんど変わらない。だからこそ、地元を離れた人が、久々に布施に戻ってくるときには、「ああ、ここだ」と目印になる。
のれんの色も、木の看板も、ガラスケースの中に並ぶ和菓子の姿も。すべてが、あの頃のまま。だけど、決して古びてはいない。それはたぶん、“続ける”という意志が店に染み込んでいるからだと思う。
布施で出会う、甘くて静かな時間
和菓子を味わいに行くのもいい。体験で少しだけ、職人の世界を覗いてみるのもいい。ただ、笑福堂の前に立って、静けさの中に身を置くだけでも、たぶん意味がある。
そんな“気配”に触れたとき、心がふっと緩むような、そんな場所。
120年の時間を重ねてきた笑福堂。その味と空気を、ぜひ、自分の感覚で確かめてみてほしい。