鉄板の熱から少し遠ざかったそのお好み焼きは、意外にも、ぬくもりを閉じ込めていた。
大阪・布施。地元の人がわざわざ通う、テイクアウト専門のお好み焼き屋「サニヤン」は、昭和55年からずっと、変わらない「ふわほわ」食感を守り続けている。口に入れた瞬間、思わず顔がほころぶ。
そんな優しさがある。ソースでも、小麦粉でもない。主役は、キャベツ。
甘くて、あったかい、ちょっといい午後の記憶みたいな一枚。
おやつ、というには完成されすぎてる
商店街を歩いていると、ふと立ち止まりたくなる匂いがある。香ばしくて、ちょっと甘くて、お腹が鳴るようなあの匂い。
その先にあるのが「サニヤン」。1980年から続く、テイクアウト専門のお好み焼き屋だ。
暖簾もなければ、席もない。だけど、足を止める人は後を絶たない。大阪の人間がわざわざ買いに来る。その理由は、「お好み焼きって、こんなに優しかったっけ」と思うような一口にある。
ふわふわじゃなくて、ほわほわ
サニヤンのお好み焼きをひと口食べると、ちょっと驚く。ふわふわ、を超えている。
もっと空気を含んだ、やわらかくて軽い。だけど、食べごたえがちゃんとある。まるで、やさしい湯たんぽを抱えたような心地になる。
その秘密は、生地の配合にある。一般的なお好み焼きの小麦粉の分量が「1」だとすれば、サニヤンは「0.25」。キャベツと卵が主役、小麦粉はつなぎのつなぎ。だから、口に残らない。噛むたびに、キャベツの甘さがじわっと滲み出す。
「焼きたてはね、ちょっとパリパリしすぎて、本来の美味しさが出ぇへんねん」と店主は笑う。
サニヤンは、冷めてからが本番。だからこそ、テイクアウトにこだわった。
小麦粉を削って、キャベツを立てる
サニヤンのお好み焼きの主役はキャベツだ。しかも、どれでもいいわけじゃない。
冬場には、甘みの濃い大阪産「松波」。1玉400円もするキャベツを、機械で同じ大きさに刻んで使う。創業当初から変わらないやり方だ。
なぜそこまでするのか。
「冷めたらな、余計に素材の味がわかるんよ。やから、キャベツだけは絶対に妥協したらあかん」
お好み焼きの“甘さ”は、ソースじゃなくてキャベツから生まれてる。そのことを、食べた人は自然と気づくはずだ。
冷たくて、あたたかい飲みもの
お好み焼きを待つ間、サニヤンではもう一つの“ローカル”が楽しめる。
「冷やし飴」。聞き慣れない名前だけど、大阪では昔から親しまれてきた夏の飲み物だ。麦芽水飴をお湯で溶き、生姜を加えて冷やしただけ。なのに、なんとも言えないやさしさがある。
キンと冷えた冷やし飴は、蒸し暑い夏の午後にちょうどいい。
自転車で買いにきたおばちゃんが、コップ一杯ぐいっと飲んで、「あー、生き返ったわ」と笑って帰っていく。そんな景色が、サニヤンの店先にはある。
商店街の奥にある日常
布施という町には、観光名所はない。でも、人がいて、暮らしがある。
サニヤンのまわりにも、小さな魚屋や八百屋、揚げ物の匂いが漂う精肉店が肩を並べている。
下町の商店街で生きるには、美味しいだけじゃ続かない。日常の中に溶け込んで、飽きられず、信頼され続ける必要がある。
サニヤンのお好み焼きがそうであるように。
変わらない、という努力
一枚400円。毎日食べられる価格だ。
特別な日にじゃなく、ちょっとお腹がすいた時に買って帰る。
パックを開けたときの湯気と香り、そして、ほわほわのやわらかさ。
それを守るために、小麦粉の配合も、キャベツの品種も、刻み方の精度も、ずっと変えていない。
たぶん、何気なく買っている常連さんも、そこまでは知らない。けれど、どこかで気づいているのかもしれない。この一枚が、自分の日常をちょっと良くしてくれていることに。