東大阪・布施。商店街のざわめきを抜けて、大通りから少し外れたその一角に、ポツンと一つ赤提灯が灯る。のれんをくぐれば、ただようのは出汁の香りと、誰かの笑い声。ここは立ち呑み処「八番」。
1580円でウニが箱ごと出てくるとか、ポテサラが120円だとか、そんな驚きもあるけれど、それ以上に、この場所にしかない“気配”がある。
はじめましての人も、いつの間にか「また来るわ」と口にしてしまう。そんな不思議な、でも心地いい酒場。
布施のまんなかに、“うまい”の灯
午後3時、のれんが揺れる。
八番の一日が、またはじまる。
大阪・布施駅から5分ほど歩いた先。商店街を抜け、大通りから少し外れたその一角に、ポツンと一つ赤提灯が灯る。そのかすかな明かりに吸い寄せられるように、今日も誰かが暖簾をくぐる。
この街では、“高くてうまい”は当たり前。“安くてうまくて早い”じゃないと、客は見向きもしない。そんななかで「八番」は、開店当初から通い続ける常連がいる店。大阪の商売人がうなるのも、納得しかない。
開店して、2時間で満席
15時の開店と同時に、ぽつぽつと人が入る。
時計の針が17時を指すころには、カウンターもテーブルもぎゅうぎゅう詰め。
職人風の男性、昼飲み女子、地元のおばちゃんたち。見た目も年齢もバラバラだけど、誰もが同じ顔をしている。ほっとした顔。うれしそうな顔。
それぞれがそれぞれのタイミングで、黙って一杯を口に運ぶ。その静かな満足感が、この店の空気をつくっている。
ウニが箱で、カニが山盛りで
冷蔵ケースの中をのぞけば、一発でわかる。
ここ、ただの立ち呑み屋じゃない。
名物は、ウニ。しかも箱盛り。
1580円で、ウニが「箱ごと」出てくる。ちょっと信じられないが、ほんとうに出てくる。しかも、うまい。いや、濃い。海の味がする。
その横には、638円とは思えない量のカニ身。甘エビ、まぐろ、鯛、白子ポン酢まで揃う。どれもちゃんと、鮮度で勝負してるのがわかる。
お肉系も抜かりない。ポッサム(蒸し豚)は厚切りで、しっとり柔らか。じわっと口の中に旨みが広がっていく。和牛たたきも480円とは思えないクオリティで、赤身のうまさがしっかり感じられる。
つまみにぴったりなポテサラ・スパサラは120円。だし巻きは、ふるふるで出汁がじゅんわり沁みて250円。
そして、意外と人気なのがソース焼きそば。濃いめの味付けに、ビールがどんどん進む。カレーチャーハンもあって、がっつりご飯もの派も満足できるのが嬉しい。
どの皿も“ちょっと頼んでみた”の期待を裏切らない。むしろ、期待のハードルを軽々と飛び越えていく。
飲んで、食べて、笑っても。
キリンの大瓶が510円。つまみ数品で、1000円でもじゅうぶん酔える。
でも、気づけばあれもこれも頼んでしまって、それでも3000円でお釣りがくる。
それが八番の魔力。
財布が軽くならないのに、気持ちはふわっと軽くなる。
だからこの店では、誰かが怒ってるのを見たことがない。
お酒がつなぐ縁も、ここでは自然体だ。
小さなテレビから生まれる、でっかい会話
壁には、音をひそめた小さなテレビ。
画面の中では、関西芸人がしょうもないボケをかまして、スタジオが笑いに包まれている。
そのタイミングに合わせて、誰かがクスッと笑う。つられて、隣の人も“ぷふっ”と吹き出す。
目が合って、照れ笑い。
そこから、なんでもない会話がはじまる。
「この間もお会いしましたね」
「それ、うまそうですね」
気づけば、顔見知りになっている。名前なんて知らなくても、酒場ではそれでじゅうぶん。
名物は、達筆すぎる手書きメニュー?
この店のもうひとつの名物。それは、店主の手書きメニュー。
ただ、それがまあ、読めない。
何が書いてあるか、解読大会がはじまるのも八番あるある。
「これ、なんて書いてると思う?」
「うーん…いも?いや、ハモか!」
隣の人に聞いて、盛り上がる。わからなければ、店主に聞けばいい。
それでも頼んでみたくなるのは、外れたことがないから。
「また来るわ」と、素直に言いたくなる店
いわゆる“せんべろ”って言葉じゃ、ちょっと足りない。
安さでも、うまさでも、それだけじゃない。
それよりも、あの空気ごと、持って帰りたくなる。
「今日は、いい日やったな」
八番を出たあと、誰もがそう思ってる気がする。
また来るわ。うん、ほんまに。