布施の商店街を抜けた先、夜の空気がゆるむ頃にふっと灯る白い看板。「うどんすき」「細手麺」の文字が、なんだか妙に頼もしい。はまぐりの潮、鶏のうまみ、花かつおの香り。そこに、自家製のうどんがふわりと溶けていく。この店を知ってから、夜がちょっとだけ待ち遠しくなった。
“鍋の主役がうどん”だなんて、最初は少し驚いた。でも、食べてみればすぐにわかる。ああ、これは確かに、主役の味だ。
| 住所 | 大阪府東大阪市足代新町10-14GoogleMap |
|---|---|
| 電話番号 | 06-6783-0198 |
| 営業時間 | 18:00~1:30 |
| 定休日 | 日曜日・月曜日 |
| 喫煙可否 | 喫煙可 |
名前の響きより、ずっと奥が深い

「うどんすき」って言葉をはじめて聞いたとき、ちょっとだけ可愛らしい響きだな、と思った。でもそれは、ただの入口だった。
はまぐり、鶏、季節の野菜。それぞれのうまみをひとつの鍋に重ねて、最後に自家製の細手うどんをくぐらせてすする。その一杯が、想像よりずっと、やさしくて、深い。
大阪では昔から、これが“当たり前”なんだという。うどんが、主役になる。それがなんだか、大阪らしくて、ちょっといい。
昭和から続く、うどんが主役の歴史
はじまりは昭和3年、北浜の料亭「美々卯」で魚すき鍋の締めにうどんを入れたのがきっかけらしい。やがてそれが「うどんすき」として独立し、いまや大阪の食文化のひとつに。
締めじゃなく、最初からうどんが登場するこの潔さ。主役交代ではなく、主役昇格。それって案外、簡単なようで難しいことだと思う。
看板の灯りと、出汁のやさしさと

近鉄・布施駅の北口。商店街の賑わいを抜けたその先、夜の空気がすっとやわらぐ。
白い看板に書かれた「盥(たらい)」「うどんすき」の文字が、静かに光っている。派手さはないけれど、その控えめさが妙に落ち着く。

のれんをくぐれば、ふわりと漂う花かつおと昆布の香り。カウンター奥には、黙々とうどんを茹でる大将の姿。

2階の壁には、芸能人や力士のサインがずらり。きっとここは、誰かにとって“帰ってくる場所”なのかもしれない。
はまぐりからはじまる、うどんの物語

鍋の火にかけるのは、大きなはまぐり。殻が開いたら、すだちをひとしぼり。潮の香りがふわっと広がって、最初のひと口で身体の力がすっと抜ける。
そこに鶏もも、白菜、えのき、人参。素材が加わるたび、出汁に少しずつ深みが重なっていく。湯気、音、香り。鍋のそばにいるだけで、五感がじんわり満たされていく。
そして、満を持して登場するのが、自家製の細手うどん。

水で締めた麺を、出汁にさっとくぐらせてすする。はまぐりも、鶏も、野菜も、その一杯に溶け込んでいる。
うどんが主役って、こういうことかもしれない。
夜にしか出会えない、やさしい一杯
この店が暖簾を出すのは、夕方18時から深夜1時半まで。昼には開かない。だからこそ、夜だけの静けさと味わいが、ここにはある。

仕事帰りにふらっと。飲みのあとにしみじみ。そのどちらにも寄り添ってくれるのが「はまぐりうどん」だ。
澄んだ出汁に浮かぶはまぐりをひと口すれば、静かに身体の奥まで沁みていく。

言葉は少なくても、心はきちんと満たされる。そんな一杯が、夜の布施にしっかりと根を下ろしている。
小さな声で教えたくなる、裏メニュー

「カレーうどん、ありますよ」隣にいた常連さんが、少しだけ声をひそめて教えてくれた。
佐賀牛入りのカレーうどんは、和風出汁とスパイスの香りが絶妙に絡む、ちょっと贅沢な裏メニュー。派手じゃないけど、あとを引くうまさがある。

秘密にしておきたい。でも、誰かにそっと伝えたくなる。そんな“罪な一杯”も、この店の夜の楽しみのひとつ。
変わらない味と、また来たくなる夜

厨房に立つのは、ご夫婦ふたり。無駄のない動きで、黙々と、まっすぐに鍋と向き合っている。
「出汁は毎日、少しずつ違うんです」そう語る声には、静かな自信と、積み重ねてきた時間の重みがにじんでいた。変わらない味は、繰り返しじゃなくて、丁寧な積み重ねの先にあるのかもしれない。

「ごちそうさま」と店を出ると、商店街のネオンがすこしまぶしくて、夜風が気持ちよかった。見上げた白い看板には、変わらず「うどんすき」の文字。
今日の夜に、また一つ、好きな風景が増えたような気がした。