布施戎神社の鳥居をくぐり、商店街の喧騒を抜けた先にある細い路地。その奥に、物語のなかに入り込んだような、小さな紅茶室がひっそりと佇んでいる。
「The FAERIE PATH TEAROOM」。ここでは、ティーカップの湯気とともに、自分の中の静けさが、ゆっくりと立ち上がってくる。
季節は梅雨。紫陽花が咲き誇る朝、私はこの場所で、紅茶と、自分に、出会い直していた。
小道の奥に、物語の扉があった
朝9時。まだ人通りの少ない布施の町で、ひとり路地を歩いていた。布施戎神社の正面から、小さな看板を頼りに右手へ。
くぐるような小道の先に「The FAERIE PATH TEA ROOM」がある。絵本のワンシーンのような佇まい。紫陽花が雨の名残をまとい、足元をやさしく彩っていた。
ガラス越しに差し込む光。静けさをたたえた4席だけの空間。商店街の賑わいが、嘘のように遠ざかっていく。
紅茶とだけ、向き合う時間
このお店では、コーヒーもジュースも置いていない。あるのは紅茶だけ。それも、常時25種類以上という本格派。
店主はティーアドバイザーの資格をもち、注文を受けてから丁寧に茶葉を選び、抽出のタイミングまで計算して淹れてくれる。
特徴的なのは、ポットの中に茶葉が入っていないこと。あえてベストなタイミングで茶葉を抜いた“出来上がり”の状態で提供されるから、最後の一杯まで雑味なく、香り豊かに味わえる。
3杯分の紅茶は、店主手づくりのティーコージをかぶせて保温され、時間とともにまろやかさを増していく。
「ここに来たら、紅茶と向き合ってほしいから」と話す店主の言葉が、この空間に静かな緊張感を与えている。
2時間だけ、自分の感覚に耳を澄ませて、紅茶と向き合う。そんな贅沢を、ここでは当たり前のように味わえる。
お茶には、相棒がいる
「ここに来たら、紅茶と向き合ってほしいから」と話す店主の言葉が、この空間に静かな緊張感を与えている。
2時間だけ、自分の感覚に耳を澄ませて、紅茶と向き合う。そんな贅沢を、ここでは当たり前のように味わえる。
この日はキャロットケーキを選んだ。ほんのり香るシナモン、胡桃の歯ざわり。濃厚なミルクティーとの相性が、思わずため息が出るほど良かった。
「ティータイムセット」は、スコーン、ケーキ、ビスケットがひとつずつ。小さなプレートの上に、夢がぎゅっと詰まっている。手の届くアフタヌーンティーって、こういうことかもしれない。
紅茶の完成は、たくさんのフードと
「紅茶って、コーヒーと違って、たっぷりのフードと一緒に味わうと、よりおいしさが引き立つんです」
そうにこやかに話してくれたのは、紅茶室をひとりで営む店主・辻元さん。やわらかな口調とおだやかな笑顔が、この空間の空気をそのまま映しているようだった。
香りに包まれて、一口ごとに気持ちがほどけていく。なんでもない時間なのに、心がふわっと軽くなる。
ここで過ごす時間は、そんな風に“ちゃんと自分に戻れる”ひとときなのだと思う。
自分に戻るための、静かな通路
4席だけの店内は、週末の午前中にはすぐに埋まってしまうこともある。ひとりで切り盛りするからこその丁寧な仕事と、ゆったりと流れる時間。
誰かに教えたくなる。でも、本当は誰にも知られたくない。このお店に通うたび、そんな矛盾した気持ちが静かに心を揺らす。
それくらい、大切にしておきたい場所だと思っている。
ここに来ると、“ああ、こういう時間が、自分には必要だったんだ”って素直に思える。スマホを置いて、湯気のたつカップを見つめるだけの時間。甘い香りに包まれて、ただ静かに呼吸する時間。
そんな当たり前のことが、思っていた以上に、心を整えてくれる。