食品サンプルのガラスケースと、「いろいろおかずあります」の看板。布施のまちに、こんなにも“帰りたくなる定食屋”があるなんて。
お母さんのさりげない気づかいと、店主のまっすぐな手仕事──それが、信じられないくらいの値段で、ふつうに味わえる。
「姫路屋」は、いつものごはんを、そっと特別にしてくれる場所だ。
暖簾の向こうに、積み重ねた時間が見える
布施の商店街を歩いていると、ふと現れる「お食事処姫路屋」。
店前のガラスケースには食品サンプルと、「店内にはいろいろおかずあります」の文字。
昭和の空気をそのまま閉じ込めたようなたたずまいに、思わず足が止まる。
風に揺れる暖簾、すりガラスの引き戸。
色褪せた壁や看板のひとつひとつが、長い時間を静かに語っている。
でもそれが、不思議とあたらしく感じられる。
店内に入ると、テーブル席が4つだけのこぢんまりとした空間。
ぴしっと磨かれた床、整然と並んだ箸立てや調味料──小さいけれど、大切にされている店だと、すぐにわかる。
冷奴に、暮らしの味がする
入ってすぐ、ショーケースに並ぶ小鉢。
冷奴をひとつ手にとって、お母さんに渡すと──ラップを外し、水をきって、ねぎと鰹節をふわり。あとは、自分で醤油をくるりとひとまわし。
たったそれだけで、きちんとした「ごはん」になる。
豆腐がこんなにやさしく感じるのは、味だけじゃない。手をかけてもらったことへの、ちいさな感謝がある。
そういうのって、きっと味覚以上に、身体に沁みる。
派手じゃないけど、沁みる昼
11時すぎに始まるサービスランチ。この日は、エビフライ、小さなハンバーグ、注文が入ってから揚げるトンカツ。
厨房から「トントン」と響く音が、どれもちゃんと手づくりだと知らせてくれる。
決して豪華ではないけれど、どれもまじめで、どこか懐かしい。
うどん380円、玉子丼630円、かつ丼680円── いまの感覚では信じられないくらい、あたたかい値札。
ひと口ごとに、「こういうのが好きなんだよなあ」って、自然と笑ってしまうような味がある。
粕汁という、やさしさの処方箋
定食に+250円で、味噌汁を粕汁に変えられる。
冬季限定のこの一杯には、大根、人参、こんにゃく、豚肉……どれも、くったりと煮えて、酒粕の甘みがふわっと立ちのぼる。
関西の冬にはなじみ深い粕汁だけれど、「姫路屋」のそれは、どこか特別だ。その湯気の奥には、あたたかい記憶のような“家の味”がある。
寒さに凍えた朝。雨が降り出しそうな夕方。そういう日に、この粕汁が沁みてくる。今日の一杯に、ふっと救われることだってある。
呼びたくなる、「お母ちゃん」と
カウンターの向こうでは、お母さんとご主人が、淡々と働いている。
声をかけたくなる、というより、思わず「お母ちゃん」と呼びたくなるような雰囲気。
厨房に立つご主人の所作にも、寡黙なやさしさがにじむ。無駄のない動きの中に、時間の積み重ねが見える。
昭和の記憶をまとっているのに、不思議と「今」にも似合っている。
きれいに磨かれた床、きちんと整ったテーブル、
「この価格でいいの?」という驚き。
そして、そっと寄り添ってくれる空気。
定食屋は、ただ食べる場所じゃない。
心の中に、「ただいま」を思い出させてくれる場所なのかもしれない。
今日もまた、のれんをくぐる。お腹も、こころも、あたたかくなって。
帰り道の夕暮れが、少しやさしく見えた。