布施の路地裏で、朝のひかりを受けとめるように開いている「喫茶オランダ」。ぽこぽことサイフォンが音を立てるころ、店内には赤茶色のソファとやわらかな声が交差している。時間が動きはじめる前の静けさと、ゆるやかな会話。
コーヒーと朝の空気があれば、それだけで、きっと今日もだいじょうぶ。ここは、午前中の心を整える場所。
静かな看板に誘われて
布施四条通を小路方面へ。駅から少し歩いた先で、目に入ってくるのは、紫がかった看板の「喫茶オランダ」の文字。少しくすんだその存在が、不思議と心に残る。
通りに面したガラス越しには、あたたかな朝の光が差し込み、店の輪郭をふんわりと浮かび上がらせる。大きな看板や装飾はないけれど、店の前に立つと、静かに迎え入れられる気がする。
赤いソファと、朝の記憶
ドアを開けた瞬間、視界に飛び込んでくるのは、あの赤いソファ。深く沈み込んだレザーは、長年座ってきた人たちの記憶を吸い込んだまま、今日も誰かの背中を受けとめている。
やわらかな光に照らされた欄干、まっすぐには並ばないコーヒーチケット。すべてが、少しだけ不完全で、だからこそ、妙に落ち着く。
サイフォンが目覚める時間
注文を告げると、奥のカウンターでサイフォンが音を立て始める。ぽこぽこと、まだ静かな店内に小さな音が響いて、それだけで朝の空気がすこし澄んでいくような気がする。
湯気とともに香ばしい香りが広がる。コーヒーが淹れられる音と香りに包まれていると、あわただしい日々も、少しずつほどけていく。
朝に沁みる、コーヒーのやさしさ
「ちょっと濃いめやけど、朝にも合うと思いますよ」と店主が笑う。たしかに、芯のある深みがあるのに、不思議とやさしい後味が残る。
エチオピア、コロンビア、グアテマラ。豆の種類もいくつか揃っていて、いつもの一杯にも小さな変化がある。どれも、“おいしい”よりも“沁みる”という言葉が似合う。
朝のごほうび、静かな食卓
トーストにサンドイッチ、ゆで卵。どれも派手じゃないのに、ちゃんとお腹も心も満たしてくれる。
クリームソーダも、朝から頼む人がいるという。炭酸の緑と、浮かぶアイス。ちょっとだけ贅沢な気持ちになれる一杯。自分のタイミングで、自由に朝を過ごしていいんだと思わせてくれる。
午前の静けさに、会話がひとつ
新聞を読んでる人、読み終わってただ手元に置いてる人、黙ってコーヒーを飲んでる人。
静かだけど、店の中には確かに人の気配があって、ときどき交わされる「今日ちょっと寒いなあ」とか「昨日、雨やったな」みたいな会話が、ふっと空気をあたためる。
にぎやかじゃない。でも、ちゃんとひとりじゃない。
14時で閉まる店がくれる、午前の贅沢
午後には閉まってしまうこの店は、朝から昼にかけての“特別じゃない時間”を大切にしている。
モーニングのつもりで来て、気づけばもう昼前。そんなふうに、自然に時間が流れていくのが心地いい。
この店には、始まりの空気がある。あたらしい一日を、自分の速度で始められる場所。
湯気の向こうに、変わらない朝がある
「また来るね」の声に、「気ぃつけて」と笑って応える店主。毎朝の繰り返しが、いつしか大切な風景になる。
サイフォンの湯気の向こうに、今日も同じ朝がある。赤いソファに腰かけて、コーヒーを待つだけで、もう十分。
そう思える場所が、ここにある。