観音扉の奥に灯る、小さな安心

布施駅南側の二条通。夕暮れ、商店街の喧騒がすっと落ち着く頃、「とまる」の観音扉がゆっくり開いている。少しレトロで、でもどこかやわらかな存在感。中をのぞくと、ふらっと立ち寄る常連たちが、それぞれのペースでグリルに火を入れている。

一人のための、コの字カウンター

入ってすぐに目に入るのは、この字型のカウンター。一人ひとりに用意されたグリル。煙は最小限、においも服につきにくい。視線の先にあるのは肉と火だけで、気疲れすることがない。

仕事帰りに、ひとり、またひとりと。それぞれのペースで火を入れて、焼いて、食べて、静かに満たされていく。そんな風景が、ここではあたりまえのように流れている。

2階には最大20名までのテーブル席もあり、普段使いからちょっとした集まりまで、やさしく受け止めてくれる。

切りたての肉が、あたりまえの贅沢

肉は注文が入ってから目の前で切られる。リズムよく包丁が進む音。その手つきには、安心感と、少しの緊張感がある。

ホルモンも人気の一品。この日のおすすめは「ココロ」と「コリコリ」。
どちらも脂が控えめで、歯ごたえが心地よく、噛むたびに旨みが広がっていく。
「この部位はちょっと厚めが美味しいですよ」
そんなふうに、さりげなくアドバイスをくれるのも嬉しい。

ハサミ付きで出てくる大ぶりのココロ、飾り包丁が細かく入ったコリコリ……
その一皿に宿る丁寧さに、自然と箸が伸びる。
ただ焼いて食べる。それだけなのに、なぜかちょっと満たされる。

カイノミの記憶は、舌に残る

「あ、これ好きかも」
そんな声が思わずもれるのが、カイノミ。
脂身が少ない赤身肉で、口当たりはやわらかく、旨みがじんわり広がる。
焼きすぎは禁物。レアでも食べられるほど新鮮だから、さっと炙るくらいがちょうどいい。

あれこれ悩むより、店主に任せてみるのも悪くない。
好みを伝えれば、ちゃんと応えてくれる。
そうやって、自分の“定番”がひとつずつ増えていくのが楽しい。

わがままを肯定してくれる焼肉

ここでは、ほとんどのメニューにハーフサイズがある。タン、ハラミ、ホルモン――少しずつ、いろんな種類を。3枚だけ。そんな注文ができるのが嬉しい。

今日はあんまり量はいらない。ちょっとずつ、色々食べたい。そんなわがままが、当たり前に受け入れられる場所。

しめまでしっかり、でも軽やかに

冷麺も、石焼ビビンバも、ハーフサイズがうれしい。でも、今日の気分は「ネギおにぎりのだし茶漬け」。香味野菜の香りと出汁のやさしさが、身体にしみていく。脂をすっと流して、余韻だけを残してくれる一杯。

甘さにも、さりげないやさしさを

デザートの「沖縄塩ミルクのアイス」は、甘さ控えめで、口の中をきれいに整えてくれる。脂の余韻をリセットして、でもちゃんとおいしい。「これで終わりでよかったな」と思える締め。

手書きのおすすめが語る、気づかいのかたち

カウンターの上には、店主の手書きのおすすめがずらり。
「脂の多い部位・少ない部位ランキング」「今日のおすすめ」など、さりげない情報があると、なんとなく安心する。
聞きづらいことが、そこにすでに書いてある。それだけで、ちょっと気が楽になる。

焼肉はもっと自由でいい

「焼肉とまる」は、女性オーナーのお店。静かで、清潔で、ちょっとやさしい。誰かとじゃなくても焼肉が食べられる。むしろ、一人のほうが、じっくり味わえる夜もある。焼肉は、特別なごちそうじゃなくていい。ただ、ちゃんと焼いて、ちゃんと食べる。そのことが、心と体をちょっとだけ整えてくれる。

このまちの夜に、そっととまる。そんな場所があることが、なんだかうれしい。