「La Noce(ラ・ノーチェ)」は、2025年6月、布施にそっと芽吹いたイタリアン。
イタリア20州を巡って出会った郷土料理の記憶と、手打ちパスタへの静かな偏愛は、テーブルに並ぶひと皿ひと皿に表れている。気取らず、でもどこか特別な時間が、ここにはある。うつわの向こうに見えるのは、料理と人と土地がつくる、やわらかな風景かもしれない。
暮らしの中に根を張るように
扉を開けた瞬間、ぱっと明るい光と活気に包まれる。白を基調とした清潔感のある店内には、料理の音と香りがふわりと漂っていた。
「La Noce」は、イタリア料理一筋20年のシェフが営む、小さなイタリアンレストラン。カウンター越しに見えるキッチンからは、茹であがるパスタの湯気や、フライパンをふるう音が心地よく響いてくる。料理が“できあがっていく瞬間”が、ちゃんと見える。それだけでなんだか、安心する。
もともとは大阪・福島で修行を重ね、いつか自分の店を…と夢を温め続けてきた人。その夢が動き出したのは、結婚と子どもの誕生を経て、暮らしのあり方に変化が生まれたタイミングだった。
選んだのは、奥さまの実家がある布施。「まだまだこのまちのこと、教えてもらってる途中なんです」と、照れたように笑うシェフ。料理を出すたび、会話を交わすたび、このまちと少しずつ、根を伸ばしていっているように見える。
イタリア20州をめぐる旅の記憶
「郷土料理にこだわりたいんです」と、シェフは言う。日本に47都道府県があるように、イタリアにも20の州がある。北と南では気候も文化も違えば、使うチーズやパスタの形までまったく違う。
シェフはその20州すべてを自分の足で巡り、味わい、記憶してきた。トスカーナの煮込み、シチリアのレモン、エミリア・ロマーニャの濃厚なソース。どの一皿にも、土地の空気と人の暮らしがしっかりと染みこんでいる。
「それをそのまま、日本でも出したいと思ったんです」奇をてらわない、でもちゃんと“そこにしかない”味。布施にいながら、どこか異国を歩いているような気持ちになるのは、そのせいかもしれない。
パスタに宿る、ていねいな時間
この店の主役は、なんといってもパスタ。手打ちのショートパスタやフィットチーネなど、日常の延長で楽しめるようなメニューが揃っている。
ただ、その奥には、ちょっとした“偏愛”が見え隠れしている。シェフが惚れ込んでいるのが「コルフェッティ」という、イタリアでもほとんど見かけない型押しパスタ。伝統的な木型を用いた仕込みには、1回でおよそ5時間。「20食分が限界ですね」と笑うその手には、すでに静かな時間が刻まれているようだった。
今はまだメニューには出していないけれど、「そのうちちゃんと出していきたい」とシェフは言う。おそらく彼は、パスタへの並々ならぬ執着…いや、愛ゆえの“変態”なのだと思う。
それだけの情熱が、目には見えないけれど、どの一皿にもちゃんと宿っている気がした。
食卓の向こうに、誰かの暮らしが見える
前菜には、フリットやパテ、夏野菜のポテトサラダ。セコンド(メイン)には、黒毛和牛のカツレツや鴨のローストなど、滋味深い肉料理も並ぶ。ドルチェはティラミスやパンナコッタ。気取らない甘さが、最後の一口にぴったりだ。
料理に合わせるワインも赤・白・スパークリングと揃っていて、その日の気分で、ちょっとしたペアリングを楽しむのもいい。
どれも主張しすぎず、でも忘れられない。たとえば、旅先で出会った地元の食堂の味みたいに。気がつけば、心がふわりとほぐれている。
変わらないものを、ひと皿に
「Noce(ノーチェ)」とは、イタリア語で“くるみ”の意味。そして、くるみの花言葉は「至福の時」。
派手じゃないけど、じんわり染みる味。肩肘張らずに過ごせる空間。話しすぎないけど、ちゃんと気にかけてくれる人の存在。
そんな小さな“しあわせ”が重なって、この場所ができている。布施のまちに暮らす人たちの、何気ない午後に、そっと寄り添うように。
「La Noce」。この店の物語は、まだ始まったばかり。でも、なんだかもう、ずっと前からそこにあったような気もする。