布施のあかつき通りは、歩く人の気配が少ないぶん、店の灯りがよく似合う路地だ。
その奥にある「焼肉酒場けんし」は、名前の通り“焼肉屋”というより“酒場”。黒毛和牛もホルモンも、一枚から頼める。大げさな焼肉の夜じゃなくて、今日の自分にちょうどいい分だけ。
ここに座ると、まちの夜の速度がちょっと変わる気がする。そんなささやかな心地よさが、この店にはある。
| 住所 | 大阪府東大阪市長堂1丁目3−21GoogleMap |
|---|---|
| 電話番号 | 06-7173-5405 |
| 営業時間 | 17:30~23:00 (日曜日は17:00~22:00) |
| 定休日 | 水曜日 |
| 喫煙可否 | 喫煙可 |
細い路地の奥で、灯りがひとつゆれる

布施の中でも、人通りが多いわけじゃない。あかつき通りは、気づけば通り過ぎてしまうような細い路地だ。「焼肉酒場けんし」は、その路地の真ん中あたりにある。
店名のとおり、焼肉というより“酒場”。賑やかに食べるより、ゆっくり飲むための店。そんな空気が、扉の外までゆっくりと漂ってくる。
今日にちょうどいい分だけ

この店の面白さは、黒毛和牛もホルモンも“1枚、1盛りから”頼めること。焼肉と聞くと、どうしても「よし、食べるぞ」と気合いが入ってしまうけれど、ここではそれがいらない。
一枚。もう一枚。
そんなふうに、飲みながらゆっくり増やしていく。焼肉が主役というより、お酒の横で静かに寄り添う相棒。“酒場”という言葉が、ここではきちんと意味を持っている。
すべてのお肉は店主の手切り。無言で包丁を入れる所作が、なんだか丁寧で、優しい。切り落とされた一枚一枚が、どれも少し大ぶりで頼もしい。
シャイな店主がすすめる、タンとホルモン

はじめて来た人には、店主が静かにすすめる肉がある。それがタンとホルモン。常連に聞いても、やっぱり「ここのタンは外せへん」と言う。
カットの厚みのせいなのか、焼いたときの香りのせいなのか。噛むたび、タン特有の心地よい弾力がじんわり広がる。一日のリズムがようやく整っていくような、そんな味。

そしてホルモン。小腸の甘い脂がじゅわっと溶けて、口の中に広がる。カウンターの前でひとり焼いていると、「それ、今日のんええの入ってんで」。店主が少しだけ照れた声で教えてくれる。その距離感が、なんだかうれしい。
“天使の海老”が焼ける音が、夜をやわらかくする

意外と知られていない名物が「天使の海老」。塩焼きにすると、殻の香ばしさと海の香りがふっと立ち上る。焼ける音がやさしくて、喋り声を少しだけゆるめるような…そんな音。
一日の終わりに、ここがあればいい

「焼肉酒場けんし」の魅力は、料理の美味しさだけじゃない。気負わずに座れる空気が、この細いあかつき通りに、しれっと馴染んでいる。常連も、ふらっと入った人も、同じ目線で焼き台を囲めるような店だ。
大きなことは起きないし、特別な演出があるわけでもない。
でも、帰り道にふっと思い出すのは、肉が焼ける音でも、海老の香りでもなくて、店主が小さく笑ったあの瞬間だったりする。
“なんでもない夜”が、少しだけ良くなる。
そんな役割を、この店はいつも静かにこなしている。
この路地に、この店がある理由は、もしかしたらそれだけで充分なのかもしれない。