「ここ、中国やったっけ?」と思わずつぶやく夜がある。布施駅前の路地裏にある「布施1番」は、異国の風がそのまま立ちのぼる中華料理店。だけど、そこにはこのまちの日常が、ちゃんと根を張っている。
| 住所 | 大阪府東大阪市足代2-2-16GoogleMap |
|---|---|
| 電話番号 | 06-4308-4987 |
| 営業時間 | 11:00~15:00、17:00~22:30 |
| 定休日 | 水曜日 |
| 喫煙可否 | 喫煙可 |
商店街の先に、ちょっと異国がある

東大阪・布施。駅前をはずれ、ふと視界に飛び込む赤い看板。「布施一番」という名のその店は、かつて“町中華”として地元に親しまれた「大龍飯店」の跡地にある。
店の扉を開けると、スパイスの香りと中国語の会話がふわっと耳に届く。店内に漂う湯気も、その向こうに立つ店主の佇まいも、どこか異国。けれど、その空気がなんだかやさしく感じるのは、きっとこのまちがそういうものを自然に受け入れてきたからだ。
箸を置いて、ナイフとフォークで食べる酢豚

看板メニューのひとつ、「黒酢酢豚」。テーブルに運ばれてきた皿には、つややかな黒酢のタレをまとった大きな肉のかたまりが3つ、ころんと並んでいる。添えられたカトラリーは、まさかのナイフとフォーク。

切り分けてみると、その断面に驚く。中はミンチではなく、煮込んだ牛肩肉の塊。ホロホロと崩れながら、しっかりとした食感を残す。黒酢の深みと香りが、肉の甘みを引き立てる。付け合わせは素揚げの玉ねぎとじゃが芋だけ。過剰に飾らない、その潔さに本場の空気を感じる。

見た目はどっしり、でも口に運ぶと不思議なほど軽やかで、すっと身体にしみ込んでいく。まるで、ちょっと疲れた夜にだけ開かれる異国の食卓。
レンゲの先に、ちょっとした旅がある
「刀削麺」と「ルーローハン」。どちらも“本場の気配”を纏った一皿だ。

山西省発祥の刀削麺は、生地を包丁で削り落とすことで生まれる、不揃いなフォルムともちもちの食感が魅力。赤く染まったスープにはラー油の辛さがしっかり効いていて、すすった瞬間に汗がにじむ。

でも、ただ辛いだけじゃなくて、奥にはちゃんとコクがある。夢中ですすっていると、ふとこぼれる。
「ここ、中国やったっけ?」
それくらい、香りも熱も、まるごと現地のままだ。旅行じゃないのに、旅の途中に立ち寄ったような気持ちになる。

一方のルーローハンも、忘れられない一杯。甘辛く煮込んだ角煮に、ふわりと香る六角。少しクセのある香りが、かえって食欲を引き立てる。
丼にレンゲを差し込んで、がぶりとかき込む。口いっぱいに広がるのは、スパイスと肉の旨みと、なんとも言えない幸福感。

うまい、のひと言じゃ足りない。でもたぶん、何も言わなくても伝わる味って、こういうやつだ。
夕方に、定食が待っている安心感

店内はカウンターとテーブル席、2階には宴会にも使える広さがある。でも、その空気感はどこまでも日常。肩肘張らずに、ふらっと寄れる気軽さがある。
とくに好きなのは、夕方の時間帯。仕事終わりの常連たちが、作業着のまま席に着き、言葉少なに定食をつついている光景。唐揚げや麻婆豆腐、炒めものの定食——どれも温かくて、ちゃんとお腹に届く。

厨房からは鍋の音。湯気の向こうで、店主が黙々と皿を仕上げていく。その姿をぼんやり眺めながら、「ああ、ここはもう、このまちの一部なんだな」と思う。

なにも特別じゃない。でも、ちゃんと沁みる。そんな店があることが、日常の支えになっている。
混ざりあう日常の中で、また一杯

布施というまちは、昔から“混ざり合う”ことを自然に受け入れてきた。町工場が多かった歴史から、外国にルーツを持つ人々が集まり、今も暮らしを営んでいる。
隣り合う生野区との結びつきも深く、通りを歩けばベトナム語や中国語の看板が、商店街の風景にすっと溶け込んでいる。
それは「多国籍」なんて言葉にまとめられるほど、目新しいものじゃない。むしろ、気づけばそこにある——そんな静かなあたりまえとして根付いている。

「布施一番」も、その景色のひとつだ。主張しすぎることなく、けれど、確かに香りと味で異国の風を届けてくれる。レンゲをすくうたび、ちょっとだけ旅の途中にいるような気分になる。でも、ちゃんと日常の延長にある。
特別じゃない中華が、こんなにも身体に馴染むなんて思わなかった。たぶんそれは、このまちの空気がそうさせているんだと思う。

誰かと喋らなくてもいい。レンゲ一杯が語ってくれることがある。そんな夜が、布施にはある。そしてきっと、またふらりと行きたくなる。