大阪で「たこ焼き」は文化だ。ソースたっぷり、アツアツを頬張るのが正義。
——そんな常識を、そっとひっくり返してくれる店がある。
布施駅からほど近いプチロード広小路に佇む「丸幸水産」。
ここでは、生のタコを釜茹でし、氷で締めた“プリプリ”が主役。
素焼きがいちばん美味しい、なんて言われるたこ焼き屋は、そう多くない。
味も人も、じんわり沁みるこの場所に、ふらりと立ち寄りたくなる日がある。
たこ焼きは、“素”に還る
布施駅から南にのびるプチロード広小路。
昼下がり、商店街をぶらぶら歩いていると、ふわりと出汁のような香りに引き寄せられる。
「丸幸水産」と書かれた赤い暖簾。気取らないその佇まいに、思わず足が止まる。
たこ焼きといえば、ソースマヨが当たり前。そんな刷り込みを優しく裏切るのが、ここの“しょうゆ(素焼き)”だ。
ソースもマヨもかけず、そのまま。
焼き目の香ばしさ、粉の甘み、そして、タコの旨みだけで勝負する。
「これが好きなんです」と言いながらテイクアウトしていく女性の手には、ビニール袋に包まれた7個入りのたこ焼き。
お見舞いや、離乳食が始まった赤ちゃんへの差し入れにも選ばれているというから、なんだかうれしくなる。
タコを茹でる音が聞こえる
ここの主役は、タコだ。冷凍ではなく、生。店の奥で釜茹でして、氷で締める。
聞けば、手間はかかるけれど、食感と香りがまるで違うらしい。
ぷりぷり、でも固くない。タコだけがちゃんと「生きてる」たこ焼き。
それが、ソースやマヨなしでも成立する理由だと思う。
さらに「ねぎかけたこ焼き」には、京都の九条ねぎがたっぷり。
シャキッとした歯ごたえと、甘い香りが口に広がる。
たこ焼き一皿に、こんなにも素材の背景があることを、初めて知った気がした。
店主に会いに、行く
「丸幸水産」を支えるのは、店主の寺田さん。
祖父母の代からこの街で商売を続けてきた、生粋の“布施っ子”だ。
昼どきや夕方前、ふらっと訪れる常連たちは、みんな彼とのおしゃべりが目的だったりする。
「おかえり〜」と言うその声に、町の時間がちょっとゆるむ。
若い子も、年配の方も、小さな子どもも、おつかいで立ち寄る。
会話のテンポ、笑い声、たこ焼きの香ばしい匂い。それらが混ざり合って、この小さな店は、まるで“路地のリビング”みたいになっている。
変わらない、けど、日々ちょっと違う
たこ焼きを焼く手つきも、鉄板の音も、昨日とほとんど変わらない。
でも、毎日少しずつ違う気がするのは、きっと、話す相手やその日の気温、タコの状態に寄り添っているからだ。
「今日は、しょうゆで。あと、寺田さん、最近どうですか?」
そんなやりとりが似合う場所は、観光マップには載らないかもしれない。
けれど、何度も帰りたくなる理由は、たいてい、こういうところにある。
たこ焼きを、誰かと分け合う午後に
たこ焼きというより、“人”を味わいに行く。
丸幸水産は、そんな気配のする店だ。
気になる味を食べ比べるのもいい。
でも、ぜひ一度、ソースなしの「素」のたこ焼きを選んでみてほしい。
そこには、素材へのこだわりと、作り手のまっすぐな気持ちが詰まっている。
そしてできれば、ちょっとだけお腹に余裕を残しておいて。
寺田さんと話す、ほんの数分も、この店の“味”だから。