布施の飲み屋街をふらり歩いていると、不思議と足が止まる場所がある。派手な看板もなければ、SNS映えもしない。
でも、暖簾の奥からは笑い声とおでんの湯気が漏れてきて、なんだか懐かしい気持ちになる。
「淡路屋」は、メディア取材NGの大衆居酒屋。初めて入ったのに、なぜかホッとする空気がある。味の染みたどて焼きに、鯨のおばけ、そして年中あるキリンビール。昭和の香りと今の温度が、絶妙に混ざりあっている。そんな場所が、布施にちゃんとある。
住所 | 〒577-0057 大阪府東大阪市足代新町4-17GoogleMap |
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電話番号 | 06-6781-3274 |
営業時間 | 14:00~22:30 |
定休日 | 火曜日 |
喫煙可否 | 喫煙可 |
たぶん今日も、変わらず暖簾は揺れている。
布施駅の北側。ネオンと看板がせめぎ合うように並ぶ飲み屋街の一角に、ひときわ静かな店がある。
名前は「淡路屋」。看板も控えめで、目をこらさなければ見逃してしまいそうな佇まい。だけど、いつも誰かが出入りしていて、暖簾の奥には常連たちの笑い声が絶えない。
カウンターの向こうでは、湯気が立ちのぼり、店内には味の記憶が染み込んでいる。
「派手なことは、なにひとつない。」それが、この店の魅力かもしれない。
どこを切り取っても、大衆居酒屋の教科書。
暖簾をくぐると、すぐに感じる。これは、“THE・大衆居酒屋”。
店の中心にはコの字型のカウンター、壁一面の手書きメニュー、そしてちょっと低めの天井。
染みのある壁や、くすんだ照明さえも、長年の営業を物語っていて、妙に落ち着く。
カウンターに座れば、「とりあえず生で!」と声をかけたくなるような、気さくな空気が流れている。
煮込みの音に、空腹が反応する。
席についたら、まず目に入るのがカウンター奥でぐつぐつと煮込まれている鍋。
看板メニューは「どて焼き(¥550)」と「おでん(¥100〜)」。どちらも開店当初から継ぎ足されてきた、まさに店の魂。
どて焼きは、甘辛い味噌がしっかり絡んだ豚の小腸。コクがあって、あとを引く。
おでんは、定番の大根や玉子に加えて、見逃せないのが“しゅうまい”。
注文が入ってから鍋に入れ、ふわふわになる直前で引き上げる職人技。ひと口で、身体がほぐれる。
鯨が“ふつう”にある町の風景。
メニューの中に、ふと「おばけ」という文字が目に留まる。
それは、鯨の皮の刺身。大阪では、そんな呼び名で親しまれている。
大阪は、かつて鯨肉の流通拠点だった町。だから今も、鯨は庶民の味として息づいている。
淡路屋では「鯨ベーコン(¥600)」と「おばけ(¥500)」が定番。
特別ではないけれど、ちょっと懐かしくて、ちょっと誇らしい。
この町の“ふつう”が、ちゃんと皿の上にある。
常連が教えてくれた、お造りのうまさ。
「ここに来たら、刺身も食わな損やで」
そう教えてくれたのは、カウンターの常連・高橋さん。
淡路屋では、その日仕入れた魚を「本日のおすすめ」としてホワイトボードに書き出している。
この日の赤身は、本マグロ。脂は控えめで、切り口が美しい。
居酒屋というより、割烹に近いような一皿。
だけど、ここでは“肴”として、気取らずに出てくる。そこが、またいい。
「年中あります」に込められた、父の背中。
ふと壁を見ると、目に飛び込んできたのが「キリンビール 年中あります」の文字。
どこか誇らしげに掲げられた看板に、現大将の顔がほころぶ。
「昔はな、生ビールなんてどこでも置けるもんやなかったんや」
先代が営業を続け、ようやくキリンビールを仕入れられるようになった日。
その喜びが、この“年中あります”という言葉に宿っている。
看板は、キリンビールから特別に作ってもらったもの。
父の背中を見て育った大将は、迷いなくこの店を継いだ。
雑談もまた、酒のつまみ。
カメラを向けると、ニカッと笑う大将。
店の雰囲気にぴったりな、愛され顔。
誰にでも気さくで、でも押し付けがましくはない。
客と店主というより、古くからの知り合いみたいな距離感。
会話の中身は他愛もないことばかり。でも、それがいい。
ビールの泡と一緒に、今日の疲れがふっと抜けていくような時間。
布施にある、ちょっとだけ秘密の場所。
SNSで探しても、きっと出てこない。
でも、町を歩けば、匂いでわかる。湯気でわかる。笑い声でわかる。
淡路屋は、誰かに教えたくなるような、でも内緒にしておきたいような。
そんな“ちょうどいい秘密”を抱えた店。
また来よう。
なんでもない一日に、あの暖簾をくぐりたくなる日が、きっと来るから。