布施のまんなか、ちょっとにぎやかな笑い声が聞こえてくる。商店街の角、「サントノーレ」の看板を横目に扉をくぐると、コーヒー片手に新聞を読む人、たまごサンドを頬ばる人、ケーキを囲んでしゃべり込むマダムたち。たばこの煙と湯気の向こうには、今日もいつもの顔が並んでいる。
喫茶店とカフェのあいだ、でもどこか“地元”と呼びたくなる場所。時間帯なんて関係ない。ただここに来れば、「いつもの風景」がちゃんと待っていてくれる。そんな布施の日常が、サントノーレにはある。
たまごサンドで、朝がやさしくなる
朝8時、「サントノーレ」は静かに目を覚ます。
店先のシャッターが上がる頃、商店街にはパンの焼ける香ばしい匂いが流れはじめる。
モーニングは12時まで。
分厚いたまごサンドがテーブルに届くと、まるで朝ごはんの記憶にふれるような気持ちになる。甘く、やわらかく、包み込むような味。ふかふかのパンが、それをやさしく支えている。
もうひとつ、常連が静かに推してくるのが「胡麻トースト」だ。
黒ごまを練り込んだ生地は、焼くことでいっそう香ばしくなる。トーストをひと口かじると、カリッとした耳と、ふんわりと甘い中身がじわっと広がる。どこか懐かしく、少し新しい味。
ゆで卵とカットフルーツが添えられているのも、うれしい。
たくさんじゃないけれど、ちょっと得したような朝。誰かに教えたくなるような、でも自分だけの秘密にしておきたいような。
ナポリタンと、“ちゃんとした”昼ごはん
昼どきになると、店の表情がふっと変わる。
黒板に書かれた「ハンバーグ」「ナポリタン」「オムライス」——どれも、見た瞬間に気持ちがゆるむような響きだ。
とくに人気なのがナポリタン。
もちっとした太麺に、炒めた玉ねぎの甘さとケチャップのコク。パスタというより、“スパゲッティ”と呼びたくなる、あの感じ。鉄板じゃなくても、口の中に熱が灯る。
オムライスもいい。
ふわっととろけるたまごが、ケチャップライスと出会う瞬間。スプーンの先から湯気が立ちのぼる。
ハンバーグは、肉汁がじゅわっと広がるのに、後味は軽やか。ちゃんと、ごはんとしての力がある。
どの皿も、手がかかっているのが伝わってくる。そして650円(本日のランチはスープ・サラダつき750円)。
値段を出すのは少し野暮かもしれないけれど、この街で食べる「まっとうな昼ごはん」として、ちょうどいい。
午後3時、ミルクレープの魔法
3時をまわると、「甘いものだけ食べに来ました」という顔の人たちがちらほら現れる。
この店のミルクレープは、派手な飾りはない。
何層にも重ねられたクレープ生地と、やさしい甘さのクリーム。フォークを入れると、静かにほどけていく。
甘すぎない。でも、物足りなくもない。
生クリームのまろやかな脂肪分が、口の中にふわっと残って、しばらく余韻が続く。
もうひとつの人気者、デニッシュトースト。
外はサクッと、中はじゅわっとバターが染みている。そこに冷たいバニラアイスと、とろりとかけたメープルシロップかチョコソース。あたたかさと冷たさ、甘さと香ばしさのバランスが絶妙で、飽きがこない。
午後のまどろみの中で、小さなごほうびになる甘さ。「今日もちょっとがんばった」と思える味が、ここにはある。
ちいさな入口の、その奥に
「サントノーレ」があるのは、ブランドーリ2番街のちょうど真ん中。
こぢんまりとした入口を抜けると、1階と2階に客席が広がっている。
2階の窓際から見えるのは、布施の日常。
買い物帰りの人、仕込み中の飲み屋、歩幅のちがう人たちが行き交っている。
その窓辺には、いつものマダムたち。
ケーキをひと口ずつ味わいながら、笑い声をあげて、おしゃべりに花を咲かせている。
その声が天井にふわっと跳ね返って、店の空気までやわらかくなる。
喫茶店って、たぶんこういう場所なんだと思う。
おしゃべりも、沈黙も、どちらも過ごしていい時間として受け止めてくれる。
笑顔とテンポのいい、気持ちのいいリズム
この店は、今では少し珍しい“全席喫煙可”。
けれど、不思議と空気が重たくならない。煙の向こうに、どこかやさしさがある。
そんな空気を軽やかにしているのが、カウンターの中で立ち働く女性たち。
髪色やメイクは少し華やかで、制服はきちんと着こなしている。動きには無駄がなくて、でもどこか楽しげな雰囲気をまとっている。
「ナポリタン、今日はよう出てますよ〜」
そんな声かけが、押しつけがましくなくて、でも自然と背中を押してくれる。
テンポのいい動きと、明るすぎない声のトーン。
ほどよい距離感で、ちゃんとこちらを気にかけてくれているのがわかる。
この店にまた来たくなるのは、料理の味だけじゃない。
きっと、そんな人たちのいる空気ごと、好きになってしまうのだと思う。