布施のまちなか、通りの角をふと曲がると、古びた木の扉が目に入る。
くぐると広がるのは、石臼で挽かれたそば粉の香りと、足元にやさしい畳の感触。
「手打ちそば庵(いほり)」。十割蕎麦が、まっすぐに静かに出てくる場所。
ここでは、暮らしと季節が同じ速さで流れている。そんな気がする。
住所 | 大阪府東大阪市長堂1-29-12GoogleMap |
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電話番号 | 06-6781-0357 |
営業時間 | 11:00~15:00 |
定休日 | 月曜日 |
喫煙可否 | 禁煙 |
町に根ざした、静かな蕎麦屋
大阪・布施の住宅街。
人の暮らしが息づくその一角に、「手打ちそば庵」はある。
築100年を超える古民家で、蕎麦と向き合ってもうすぐ30年(2025年現在)。
初代が開いたのは1996年。今は2代目が暖簾を預かっている。
変わったのは時代の風景。でも、蕎麦を打つ音と香りは、きっと昔のままだ。
石臼で挽く、今日のぶんだけ
使うのは島根・三瓶山のふもとで育つ在来種のそば。
店主みずから足を運び、農家と話し、土の匂いを確かめながら選んだものだ。
朝、その日の分だけを石臼で製粉。水と、手の感覚と、空気の加減で打たれた十割蕎麦は、細く、しなやかで、力強い。
ひと口すすると、ざらりとした舌ざわりと一緒に、そばの香りがふわりと立ち上がる。
噛めば噛むほど、粒のうまみがじんわり広がっていく。「これが十割か」と、膝を打つ。そんな味だ。
うどんの町で、蕎麦の気骨を
大阪のうどん文化のなかで、そばはちょっと異色の存在かもしれない。出汁と甘みで育った町に、十割そばの香ばしさと苦みが混じる。それが、いい。「庵」のそばは、そんな静かな自己主張をしているように思える。町の中で、ひっそりと、でも確かに光る存在。粋な一杯が、ここにある。
季節をまとう、創作のそば
夏になると、店主の遊び心が顔を出す。なにわポーク、河内鴨、猪豚──。
地元の食材を大胆に使った“肉蕎麦”が、つるりとしたそばに重なり合う。風味の強い十割そばだからこそ、肉の旨味にも負けない。
温かい日には冷たいそばで、寒い日は熱い出汁で。その時季にぴったりの組み合わせが、自然と揃っている。
緑を練りこむ、“しゃくちり”の香り
通が喜ぶ変わり蕎麦もある。
“しゃくちり”──そばの葉を練りこんだ麺は、ふわっと青い香り。まるで森の中で深呼吸したような、澄んだ味わい。
シンプルに塩だけで食べる太切りそばもおすすめだ。もちもちとした食感と、鼻を抜ける香り。思わず目を閉じてしまう人も、いるかもしれない。
甘みと芯を併せ持つ、つゆの妙
そばつゆは、関西らしいやわらかさがありつつ、カツオの芯がきいている。まろやかで、しっかりしていて、十割蕎麦をちゃんと支えている。派手さはない。でも、気がつけば最後の一滴まで飲んでいた。そんな味だ。
古民家に宿る、懐かしさとモダン
初めて来た人は、きっと一瞬戸惑う。
重厚な木の扉に、どこか敷居の高さを感じてしまうかもしれない。
でも、開けたらすぐに、その空気は変わる。「いらっしゃいませー」と、厨房から響く明るい声。
「お好きな席どうぞー」の声にしたがって扉を開けると、そこにはちょっとモダンな照明。
古さのなかに、あたらしさ。それが心地いい。
席は18。テーブル席に、畳の座敷も。大人の人数でちょうどいいくらい。静かで、やさしい時間が流れている。
そばのあとには、甘さを少し
最後にもうひとつだけ。「そばプリン」は、そばと牛乳だけでつくる小さな甘味。
卵を使わず、するんとした口あたり。甘さはひかえめで、香ばしさがふんわり広がる。
和菓子でも洋菓子でもない、「蕎麦屋の余白」のような存在。食べ終わったあとに、そっと寄り添ってくれる。
※数量限定・予約必須。気になる方は、ぜひ事前にご連絡を。
打つことで、知る蕎麦の深さ
店主によるそば打ち体験も、ひそかに人気だ。詳しくは、また別の記事で紹介したい。
でも一言だけ──“見る”から“打つ”へ。その違いは、思ったより大きい。