2024年9月、布施の住宅街にオープンした「焼肉工房もっちゃん」。肩肘張らずに入れて、どの世代にもやさしい焼肉屋だ。
炭火を使った珍しい“水七輪”は、煙を抑えつつ、ふっくらと火が入る。空間のあたたかさも、料理の確かさも、にじむように伝わってくる。気取らないけれど、ちゃんとおいしい。そんな一軒が、今日も静かに、まちに灯っている。
水七輪のまわりに、ゆっくり火がまわる
テーブルの中央に置かれた、丸くてどっしりとした陶器の器。中には水が張られ、その中に七輪がすっぽりと収まっている。これが、もっちゃんの“水七輪”。
遠赤外線でじっくり熱を通すから、焦げすぎることがない。炭火ならではの香ばしさはそのままに、煙はやわらかく、のどや服にも残りにくい。熱の強さもちょうどよく、小さな子どもでもお年寄りでも、安心して火を囲める。焼肉って、もっとラフでよかったんじゃないか。そんなふうに思わせてくれる。
炭火を囲む時間が、ただ“食べる”を越えて、“過ごす”になる。ゆっくりと、いい夜になっていく。
まずは塩タンで、静かに口火を切る
火が整ったら、まず頼みたいのが「特選塩タン」。花びらのように美しく並べられた牛タンは、ほどよい厚みで、舌の上でふわりとほどける。自家製のレモンだれを添えて、さらにさっぱり。一口目のテンションを、スッと上げてくれる“導入の一皿”だ。
そのあとは、「もっちゃんロース」や「もっちゃんカルビ」、「和牛ミスジ」や「上ハラミ」など、豊富なラインナップが続く。すべて、店主が目利きした国産和牛や新鮮なホルモン。
下味はしっかり濃いめの“もみダレ”、仕上げには、ポン酢をベースにした爽やかな“つけダレ”が寄り添う。その濃淡のバランスが絶妙で、気づけば箸が止まらなくなっている。
重たすぎず、でも物足りなくもない。もっちゃんの焼肉は、胃袋だけじゃなくて、気持ちも満たしてくれる。
ユッケの奥に、笑顔がにじむ
「これ、ぜひ食べてみてください」奥さんがさりげなくすすめてくれたのが、「和牛炙りユッケ」。軽く炙った赤身に、自家製のユッケだれがとろりと絡む。真ん中にちょこんと乗った卵黄が、まるで宝石のように輝いていた。
とろりと崩して絡めると、肉の甘みとたれのコクがやさしくまとまる。見た目よりずっと軽やかで、後味はすっきり。最初の一口で、思わず笑みがこぼれるような、そんな魔法が詰まっている。
ごま油の香りとともに、気持ちが整う
焼肉の合間には「卵スープ」を。牛骨だしに、ふわふわの卵が浮かぶ。仕上げにほんのり香るごま油が、食べすぎそうな胃にも、慌ただしかった一日にも、そっとやさしく寄り添ってくれる。ごま油の香りとともに、そっと気持ちを整えてくれるような、やさしいスープだ。
火のそばで、宿題をする風景
厨房に立つのは、奈良の名店「焼肉工房もく」で修行を積んだ店主。一見強面だけど、話すとふっと柔らかく笑う人。
ホールを回すのは、明るくて、気のまわる奥さん。平日の夜、テーブルのひとつを使って、小学生の娘さん2人が静かに宿題をしていた。
炭火のそば、ノートに向かうその後ろ姿に、この店がただの「外食の場」じゃないことを教えられた気がした。暮らしの中に、ちゃんと根を張っている焼肉屋なんだな、と思う。
暮らしの中の焼肉屋でありたい
内装はすべてDIY。家族で壁にペンキを塗り、木材を切って打ちつけた。真新しいのに、どこか懐かしい。そんな空間が生まれていた。
「誰でも気軽に入れて、どの年代の方にも楽しんでいただける焼肉屋にしたいんです」そう語ってくれた奥さんの言葉が、すっと腑に落ちた。
小学生以下はソフトドリンク110円。子ども用のうどんもある。キッズチェアも、ちゃんと準備されている。この店は“非日常”じゃなく、“ちょっといい日常”のためにある。
「焼肉を、特別なものにしすぎなくていいんですよ」その一言が、この店のすべてを語っていた気がする。
布施の夜に、小さな火がともる
布施のまちに、小さな炭火の灯りがともった。その火は、家族のあいだに。まちの人たちのあいだに。ゆっくりと、じわじわと、広がっていく。今日もまた、静かに七輪が熱を帯びていく。