高架下の商店街。昼下がり、焼き魚の香りがふわりと鼻をかすめた。
目をやると、暖簾がひるがえる小さな割烹居酒屋。
店名は「丹後のさと」。
京都・京丹後出身のご主人が、奥さんの地元・布施で営む店だ。
ショーケースにはおばんざいがずらり。出汁の香りに誘われて、気づけば箸が進んでいる。
週替わりの旬の料理、郷土の味、石焼のカレーまで——肩肘張らずに本格が味わえる場所が、ここにある。
住所 | 大阪府東大阪市足代新町1-44 ロンモール布施 西館GoogleMap |
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電話番号 | 06-6784-0660 |
営業時間 | ランチタイム/11:30~13:30(月~金) ディナータイム/17:00~22:00(月~土) |
定休日 | 日曜日(土曜日はディナータイムのみ営業) |
喫煙可否 | 禁煙 |
ちいさな割烹、布施の高架下にて
布施駅を降りてすぐ、飲食店がひしめく「あじロード」の一角に、気になる暖簾が風に揺れていた。
「丹後のさと」。暖簾をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが、おばんざいのショーケースだ。
ひと皿ひと皿、丁寧に盛られた小鉢たち。決して派手じゃない。けれど、静かな自信を感じる。
さばの南蛮酢漬け、がんもどき、そして奥さん一押しのマカロニサラダ。砂糖ではなく、はちみつを使ったまろやかな甘さが、じんわりと心に残った。
「選びきれないときは、おすすめしますよ」
そう言って笑う奥さんの声にも、どこか安心感がある。
おばんざいという名の会話
「おばんざいって、特別な食材は使わないから、料理人の腕が出るんですよ」
そう話すのは、店主の堀さん。京都の老舗割烹「田ごと」やホテルの和食部門で10年以上腕を磨いてきた料理人だ。
出汁の取り方、下処理の丁寧さ、そして味の引き算。そのどれもが、気取らない小鉢料理のなかに生きている。
料理の説明は多くないけれど、ショーケースを前にして奥さんと話すうちに、自然とその日のおすすめを知ることになる。
それが、この店らしいやりとりのかたちなのかもしれない。
季節の入口に立つ
訪れたのは9月のはじめ。ショーケースの奥には、鱧(はも)の湯引きが並んでいた。
「今週の鱧、いいの入りましたよ」
ご主人の骨切りが施された鱧は、ふんわりとして、舌の上でほどけるよう。秋の風を運ぶ土瓶蒸しも、この週からメニューに加わった。
料理は週替わり。旬の食材と向き合い、無理をせず、そのときいちばん美味しいものを提供する。
だからこそ常連さんたちは、「今週は何があるかな」と通ってくる。
まるで、四季の変わり目をこの店で確認するように。
京丹後の記憶とともに
「丹後のさと」という店名が指すのは、ご主人の故郷・京都府京丹後市。
料理にもそのルーツが色濃く反映されている。米は、京丹後の契約農家から直接仕入れるコシヒカリ。噛めば噛むほど、甘みが広がる。
名物のひとつは「へしこ」。脂ののった鯖を糠漬けにした、北近畿の発酵食文化を象徴する一品だ。
「へしこって、塩辛いだけと思われがちですけど、うちのは違うんです」
ご主人自らが選んだへしこは、深い旨味とともにやさしい酸味が立ち、酒のあてにぴったり。
もちろん、酒も京丹後から。冷蔵庫には常時12〜15種の日本酒が揃う。
お猪口に注がれた酒が、なみなみと溢れることも。そんなとき、奥さんは笑って「ごめんなさい」と、ちょっとだけ慌てる。
それもまた、この店の味のひとつ。
割烹のカレーにびっくりする
締めに何か…とメニューを見返して、ひときわ目を引くのが「石焼カレー(950円)」。
鉄板でジュウジュウ音を立てて登場したカレーは、割烹らしく出汁がきいている…かと思いきや、意外にもスパイスの刺激が本格的。
白味噌と牛乳でまろやかに仕上げたベースに、一味唐辛子が隠し味。
なんとも言えないコクと香りがクセになる。見た目とのギャップに、良い意味で裏切られる。
常連さんの中には、これを目当てに来る人も少なくないらしい。
ランチの門戸、ぐっと広く
平日のお昼時、「丹後のさと」は近隣の会社員や買い物帰りの人たちでにぎわっていた。
その理由は、ランチセットの価格。おばんざい付きの定食が、なんと900円から。
さらに、「おばんざいバー」では、ショーケースの小鉢をセルフで好きなだけ取ることができる。もちろん、別料金の小鉢も200円という気軽さ。
割烹の味が、こんなにも身近にあることが、少しうれしくなる。
二人三脚で続けてきた7年
堀さんが布施に店を構えたのは、約7年前。奥さんの地元だったことがきっかけだった。
地縁も知人もない場所でのスタート。金曜日なのに客が一人も来なかった日もあったという。
それでも、コツコツと続けてきた。「おいしいと思うものを、ちゃんと出す」。その姿勢を信じて。
今では、店には常連さんが絶えない。料理と会話を楽しみに来る人たちの顔には、どこか親しみがある。
布施で、今日も暖簾が揺れている
この街に住んでいると、ふと「丹後のさと」のごはんが食べたくなる日がある。
そんな日は、ひとりでもふらりと行けばいい。
おばんざいを眺めながら、奥さんと今日のおすすめについて話して、
気づけば、からっぽの器とあたたかい気持ちが残っている。
そんな店がある街は、ちょっとだけ豊かかもしれない。