駅から少し歩いたところにある、さりげない佇まい。
「細見商店」は、東大阪・布施のラーメン屋。けれど、ただのラーメン屋ではない。
スープの奥に感じる、店主の故郷のぬくもり。
ふわりと香る柚子皮や、もちっとした太麺。
一杯すすれば、体が少しずつゆるむのがわかる。
ここでしか味わえない、濃厚でまろやかな“麦味噌”がある。
百名店という肩書きより、もっと手前のところで、人はこの店に恋をする。
駅から歩いて、記憶のほうへ
近鉄布施駅の改札を抜け、商店街をぬけると、ぽつんと「細見商店」の看板が現れる。
特別派手でもなく、かといって地味でもない、町に馴染んだその佇まいは、ちょっと見逃しそうになるくらい自然体だ。
でも、ドアを開けた瞬間、空気が変わる。
厨房からはスープの香り。カウンター越しに飛び交う、短い会話と、湯気。
この町で暮らす人たちの、昼休みの景色がそこにあった。
麦味噌の記憶が、スープになる
細見商店の「金の麦味噌ラーメン」。
その名前を聞いた瞬間に、口の中にほのかな甘みが蘇る。
使われているのは、店主の故郷・愛媛でつくられた麦味噌。
鶏と豚骨をベースにしたスープに合わさると、どこか懐かしい、けれど芯のある一杯が生まれる。
味噌の甘さがただのコクで終わらず、時間をかけて溶けていく。
その途中で、刻んだ玉ねぎがサクッと現れて、ほんのり苦いアクセント。
そして、厚切りの三元豚チャーシューは、まるでごちそうみたいに存在感を放っている。
布施ブラック、知る人ぞ知る裏の顔
「金の麦味噌ラーメン」の影に隠れたもうひとつの主役、それが「布施ブラック」。
どんぶりを覗けば、スープは黒々と深い。けれど、口にすると拍子抜けするほど澄んでいる。
鶏ガラに魚介の出汁をあわせたその一杯は、重たくなく、するすると喉をすべる。
柚子皮がふわりと香るたび、あの店の空気をまた思い出してしまう。
“黒いのに軽やか”なんて、ちょっとずるい。
麺は、京都の老舗から
細見商店で使われているのは、京都の「麺屋棣鄂(ていがく)」の角形ストレート太麺。
モチモチとしたコシ、スープに負けない存在感。
見た目は無骨、でもスープとの相性はとことん緻密。
すするたびに、スープと麺が寄り添ってくる感じが心地いい。
この「ちょうどよさ」が、食べ終わった後の満足感をつくっているのかもしれない。
気持ちのいい店って、こういうこと
若いスタッフが中心の店内。
カウンターの中では、軽口を交わしながらも、無駄のない動き。
挨拶も返事も、変にかしこまっていないのに、きちんと気持ちが伝わる。
食べ終わった頃には、なんとなくこっちまで背筋が伸びている気がする。
ラーメンの味だけじゃない。空気ごと、好きになってしまう。
変わらないことの、強さ
この店が「食べログ ラーメン OSAKA 百名店」に2年連続で選ばれている理由は、たぶんスペックじゃない。
濃厚な味噌も、真っ黒なスープも、京都の麺も、もちろんすごい。
でも一番は、「変わらずそこにある」という事実そのものだと思う。
日常のなかのごちそう。ちょっと頑張った日のご褒美。
何気ない日の、心の拠りどころ。
それがラーメンという形になって、この店に並んでいるだけ。
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たぶんまた行くだろうな、と思える店って、意外と少ない。
味だけじゃなくて、空気とか、温度とか、記憶に残るものがあるから。
「細見商店」は、そんな一軒だ。