のれんを潜った瞬間、肺の奥まで入り込んできたのは、紛れもなく「あの頃」の香りだ。昔ながらの薪焚きの銭湯では、特有の薪と石けんや湯気の香りと混ざったような愛おしい香りがする。それは、家にお風呂があってもなお、放課後に自転車を飛ばして仲間と集まった、小学生時代の記憶の香り。脱衣所から浴室へと視線を移せば、そこには時が止まったような光景が広がっている。壁に貼られたマナー啓発のポスターや手書きの案内板は、インクが滲み、ボロボロのものもある。普通なら新しく書き換えてしまうようなものだが、「そのまま」であることに、えもいわれぬ風合いと安らぎを感じてしまう。
私の目的は、今や絶滅危惧種とも言える「電気風呂」だ。設置されているのは、関西が誇る「コニシ」製の電極板。その風合いあるしつらえを見た瞬間から脳からヨダレのような快感物質が放出される。横目にして、まずは洗体。午後早い時間帯だったこともあり、浴室には2人の年配者しかいない。さて、いよいよ電気風呂。子供の頃は入れなかった電気風呂だ。手を入れてみたら、ピリピリきた。まずは手足からではなく、最も刺激に鈍感な腰やお尻から丸まってじりじりと電極板へ近づいていく。これが、先人から学んだ「電気」と対話するための作法である。
最初は「ピリピリ」と鋭かった刺激も、1分も経てば不思議と体に馴染んでくる。慣れとは恐ろしいもので、物足りなさを感じてさらに奥へと腰を進めると、今度は「ビンビン」と力強い電流が全身を駆け巡る。この、痛みと快楽の境界線を綱渡りするような感覚こそが、電気風呂の醍醐味。しっかりと3セット終え(電気と水風呂の往復)浴槽のヘリで一息つく。
さらに戎湯をユニークにしているのは、階段を上がった先にある2階のサウナ室だ。1階の穏やかな時間の流れとは対照的に、2階ではサウナハットを被った若者たちが、ストイックに自分自身と向き合っている。しっかり冷えた水風呂に身を沈め、火照った体を引き締めサウナ浴を楽しんでいる。私もサウナ室と水風呂を二往復ほどして、子供の頃にはわからなかった銭湯の楽しみを噛み締めた。脱衣所に出るとまたしても懐かしいあの香りに包まれる。銭湯で下ネタとピンボールに興じた少年たちは、もうここにはいない。しかし、電流に身を任せ、水風呂で吐息をもらす今の私の中には、確かにあの頃の少年が息づいている。今の私はサウナも水風呂も大好きだ!私はついに、あの時、驚愕の眼差しで見ていた「電気風呂に平然と浸かるジイサン」になることができたのだ。戎湯は、そんな消えゆく記憶と現代の再生を繋ぎ止めてくれる、静かな聖域であった。
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