食べ歩きで少しずつ記憶がほどけてきた松嶋尚美さん。でも、布施商店街が支えてきたのは、食だけではありません。服を仕立て、贈り物を選び、人と会話を交わす。商店街には、ちゃんと「暮らし」がある。
ご自身でもアパレルブランドを手がける松嶋さんを次にご案内したのは、布施で長く愛されるテーラー。その道中、思いがけない再会が待っているとも知らずに。
「尚美ちゃん!」
そのひと言で、止まっていた時間が、またゆっくり動きはじめます。
前回は、松嶋さんが布施を歩きながら感じた「まちの人みんな優しい」という感想を起点に、このまちに残る人との距離感について考えました。今回は、もう少し先に進みます。
「尚美ちゃん!」で、一気につながる
食べ歩きを終えたあと、商店街をさらに奥へ。その途中、ジュエリーショップの前を通った瞬間でした。
「尚美ちゃん! おかえり!」
後ろから飛んできた声に、松嶋さんが振り返ります。
「あっ……井原さん!」
最初は少し曖昧だった表情が、名前を聞いた瞬間にほどけていく。
「母の日とか誕生日とか、妹と来てたんです」
「日本舞踊の帰りにな」
話しているうちに、昔の景色が少しずつ戻ってくる。
お小遣いを握りしめて、お母さんへのプレゼントを選んだこと。
“これなら喜ぶかな”って悩んでいた時間。
そして、それをわかって少しサービスしてくれていたこと。
何を買ったかより、どんな会話をしたか。布施に残っていたのは、モノじゃなく、人とのやり取りの記憶でした。
商店街って、たぶんこういう場所なんだと思います。ただ買い物をするだけじゃなく、「元気してる?」が自然に交わされる場所。
久しぶりに帰ってきた人を、お客さんじゃなく、〜〜さんとして迎えてくれる距離感が、このまちには残っていました。

商店街は、“衣”の記憶も支えている
そのあと訪れたのは、布施で長く営まれてきたテーラー「アンブローズ・ピアス」。
毎日の服を選び、身体に合わせて仕立てる。そんな暮らしの当たり前を、静かに支えてきた場所です。

ファッションブランドを手がける松嶋さんは、店先に並ぶ生地やシルエットを見ながら、自然と足を止めます。
「やっぱり、仕立てって全然違うよなあ」
「身体に合う服って、着た瞬間わかるもん」
流行を追うというより、自分の生活に馴染む服を選ぶ感覚。それは、どこか布施の商店街の空気とも似ていました。すると、店主がふとこんな話をしてくれます。
「実は、松嶋さんのおばさま、昔うちで仕立ててくださってたんですよ」
「えっ、ほんまですか?」
自分では知らなかったつながり。でも、この商店街の中では、ちゃんと記憶として残っている。気づかないところで、人と人の暮らしが重なっている。そして、時間が経ってからまた交わる。布施には、そういう関係が、今も静かに流れていました。

思い出は、人との距離感でできている
歩いて、食べて、人と話す。ただそれだけなのに、少しずつまちとの距離が戻っていく。布施には、最新の観光スポットがあるわけじゃない。でも、人がちゃんと人を覚えている。
名前を呼ばれて、笑って、昔話をして。その繰り返しの中で、「帰ってきた」という感覚が生まれていく。思い出って、場所だけでは完成しないのかもしれません。そこにいる人の声や、距離感や、何気ないやり取りがあって、初めて輪郭を持つ。

商店街を歩く松嶋さんを見ながら、そんなことを考えていたようでした。
今回の滞在を振り返るインタビューの中で、松嶋さんは最後にこんな言葉をこぼしていました。
「みんな優しいよね」
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