見えなかった商店街が、突然立ち上がってくる
大阪府東大阪市出身のマンガ家であり、映像作家、そしてサウナ大使としても知られるタナカカツキさん。『バカドリル』のナンセンスギャグで人気を博し、「コップのフチ子」の企画・原案、『マンガ サ道』の著者としても知られるなど、その活動はジャンルを横断してきました。
そんなタナカさんが、SEKAI HOTEL Osaka Fuseの年間10,000人宿泊という節目に、地元・布施へ帰ってきました。舞台は、まち全体をホテルに見立てた商店街。銭湯の湯気にふれ、店先の声に耳をすませ、路地を歩く。「平成の時代には、この街にいなかった」と語るタナカさんの目に、いまの布施はどう映ったのか。全4回の記事を通して、その視線の先を追いかけていきます。
「ヒバリヤ書店しか見えてなかった」
「平成の時代には、布施にいなかったんですよ。40年以上ぶりに来ました」
子どもの頃から変わらずそこにある布施の街。けれど当時、タナカさんの目に映っていたのは、そのごく一部でした。
「子どもは視野が狭い。ヒバリヤ書店しか見えてなかったですね」
子どもにとっての街は、自分に用がある場所でできています。駄菓子屋、ゲームセンター、デパートのおもちゃ売り場。本屋。関係のない店は、ただの背景になってしまう。

ところが、40年以上ぶりに歩いた布施で、タナカさんがまず驚いたのは、「こんなに店が多かったのか」という感覚でした。看板の文字、呼び込みの声、銭湯の湯気、すれ違う人の会話。かつては流れていた気配が、ひとつひとつの“店”として輪郭を持って見えてくる。
街が変わったというより、見る側が変わった。平面的だった風景が、人の営みや時間の積み重なりを持った場所として見えはじめた。タナカさんにとって、今回の布施歩きは、懐かしさを確認する時間ではなかったのだと思います。
泊まることで見えてくるもの
SEKAIHOTELが布施でしていることは、まちの外に特別な施設をつくることではありません。商店街にある店や銭湯、喫茶店を、そのまま宿泊体験の一部にしています。
部屋の窓から商店街を見下ろすと、さっきまで歩いていた通りが少し違って見える。店に入る人がいて、買い物をして帰る人がいる。同行者が下を歩いていれば、部屋から手を振ることもできる。通り過ぎているだけでは気づかなかったことが、泊まると少し見えてくる。

変わらない看板や店先、路地の奥。そこにあるものは昔から大きく変わっていないのかもしれません。けれど、いまの自分の目で見ると、別の意味を持ちはじめることがあります。
タナカさんが布施で感じた変化は、昔を懐かしむこととは少し違う。子どもの頃には見えていなかった店や人の動きが、今になって目に入ってきた。布施が変わったというより、自分の見方が変わった。そのことに気づいた時間だったのだと思います。
「一個一個のお店がちゃんと目に入った」
その言葉は、思い出の街が、具体的なディテールを持った場所へと変わったことを物語っています。
次回:布施が“原点”と呼ばれる理由
この日の体験は、まだはじまりにすぎません。
次回は、タナカさんが語った「布施は原点」という言葉を、もう少し具体的にひもといていきます。なぜ布施は、ただの地元ではなく、マンガ家としての“燃料”をくれたまちなのか。まちが人を育てる、その瞬間を追いかけます。
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