大阪府東大阪市・布施。
近鉄布施駅を降りると、アーケードの商店街が伸び、八百屋、精肉店、喫茶店、居酒屋、バーが並ぶ。大阪の中心部のような華やかさとは違う。けれど、ここには人の暮らしと商売が、今も地続きで息づいている。
SEKAI HOTEL Osaka Fuseがこのまちで年間宿泊者数10,000人を迎えた節目に、布施へ帰ってきた人がいる。鳥貴族ホールディングス代表取締役社長・大倉忠司さん。全国に600店舗以上を展開する外食チェーンを育てた経営者でありながら、大倉さんの言葉には、どこかずっと「布施の商売人」の匂いが残っている。
故郷を懐かしむ話ではない。布施というまちが、一人の少年に商売の感覚を手渡し、その少年が大人になって、もう一度このまちの可能性を見つめ直しているのだ。
子どもにとっての一駅先の都会

僕が生まれたのは、布施の一駅隣にある永和です。子どものころの布施は、一駅先の都会でした。両親に連れられて食事に行ったり、服を買いに行ったり。難波まで行かなくても、布施に行けばだいたい揃う。僕にとっては、繁華街であり、少し特別な場所でした。
当時の布施は、今とはずいぶん違いました。近鉄もまだ高架になっていなくて、踏切があった。北口と南口をつなぐ地下道には、戦争で負傷された方が立っておられて、戦後の気配もまだ残っていました。
一方で、百貨店もありました。第一デパートがあって、その後にニチイができた。7階建てで、屋上遊園地もありましたから、子どもからすると本当にデパートでしたね。土日はエスカレーターもぎゅうぎゅうでした。映画館もあったし、ボウリング場もあったし、カニ道楽もあった。泥臭いところと、華やかなところが両方ある。布施は、そういう極端な風景が混ざった街でした。
商売が暮らしのすぐそばにあった

東大阪は、もともと商売の街です。町工場も多いですし、うちの親も工場をしていました。商売人の心を持っている人が多かったと思います。だから僕も、自分で商売を始める時に、そこまで大きなリスクだとは感じていませんでした。
万代百貨店ができた時も、当時としては画期的でした。僕らが幼少のころは、定価販売が当たり前でした。お菓子でも、箱に100円と書いてあれば100円で買う。それがスーパーでは88円で売られる。いわゆる価格破壊ですよね。商店街との軋轢もあったみたいです。
でも、スーパーができたことで人が集まり、周りの商店街も繁栄したという話もあります。商売の形は変わるけれど、人が集まる場所には、また新しい商売が生まれる。布施には、そういう土壌があったと思います。
「布施にホテル?」という驚き

SEKAI HOTELのことを初めて聞いた時は、正直びっくりしました。布施にホテル? って。しかも、商店街の空き店舗を使っていると聞いて、興味を持ってすぐ見に行きました。どういう展開をしているのか気になったんです。
大阪に住んでいたころは、布施のバーでSEKAI HOTELの宿泊者に会うこともありました。若い女性や、地方から来られた方が、布施に泊まりに来ている。これは面白いなと思いましたね。観光地ではない布施に、わざわざ泊まりに来る人がいる。それは、僕にとっても新鮮でした。

SEKAI HOTELの面白さは、単に泊まる場所をつくっていることではないと思います。商店街の空き店舗をホテルの部屋に変える。そこに日本中から、あるいは世界から人が泊まりに来る。宿泊した人が周辺の飲食店に行く。店で地元の人と話す。まちに人の流れが戻る。これは、すごくいいビジネスモデルだと思いました。
地域活性化という言葉だけだと、少しきれいごとに聞こえるかもしれません。でも、SEKAI HOTELの場合は、商売としての仕組みがある。人が泊まり、お店を使い、まちにお金が落ちる。だからこそ、地域貢献にも社会貢献にもつながるんだと思います。
縮小しても、布施は終わらない

布施は、昔の全盛期からすると、やはり街が縮小してきた感覚はあります。昔を知っている者からすると、もっとすごかったよね、という思いはあります。ただ、布施はまだ生き残っている街でもあります。
東大阪市の近鉄沿線では、今でも一番人が集まる場所だと思います。なんだかんだ言っても、一番の歓楽街。うちも布施に一軒店がありますが、おかげさまで繁盛しています。もちろん競合も多い。だから、残っていくには強みが必要です。でも逆に言えば、ちゃんと強みを持った店であれば、布施にはまだチャンスがあるということです。
若い経営者がもう一度入ってきて、布施で商売を始めてくれたら、街はもっと面白くなると思います。
最近は、インバウンドの方も大都市や有名観光地だけではなく、地方や下町の商店街にも興味を持ち始めています。日本ならではの暮らしや街並みを体験したい人は、これからもっと増えるのではないでしょうか。

布施には、そういう日常があります。八百屋があり、肉屋があり、魚屋があり、昔から続く飲食店がある。カウンターで店主と話し、隣に座った人と自然に会話が始まる。つくり込まれた観光地ではなく、暮らしそのものがある。
そこにSEKAI HOTELがあることで、これまで布施に来る理由がなかった人たちが、この街に泊まりに来る。泊まるから、夜の店に入る。朝の商店街を歩く。地元の人と出会う。それによって、布施をもう一度見直してもらえると思います。
次の商売が生まれる街へ

僕にとって布施は、思い入れのある街です。だから、復活してほしい。でもそれは、昔の布施に戻ってほしいということではありません。布施らしさを残しながら、新しい商売が生まれてほしい。若い人たちが戻ってきて、もう一度この街で店を始めてほしい。SEKAI HOTELが、その起点になってくれたら面白いですよね。
日本中から、もっと言えば世界から、布施に泊まりに来てくれる。周辺のお店も活性化される。街にまた人が集まる。
布施は、まだ終わっていない。もう一度、“商売の街”になれると思います。
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