商店街はルールが生まれる場所
大阪府東大阪市出身のマンガ家であり、映像作家、そしてサウナ大使としても知られるタナカカツキさん。『バカドリル』のナンセンスギャグで人気を博し、「コップのフチ子」の企画・原案、『マンガ サ道』の著者としても知られるなど、その活動はジャンルを横断してきました。
そんなタナカさんが、SEKAI HOTEL 大阪布施の年間10,000人宿泊という節目に、地元・布施へ帰ってきました。舞台は、まち全体をホテルに見立てた商店街。銭湯の湯気にふれ、店先の声に耳をすませ、路地を歩く。
第3回は、タナカさんのこんな言葉から始まります。
“用意された遊び”より「ルールを作る」
「“ここにあるもので遊ぶ”。ルールを作るのが面白かった」
子どもの頃、タナカさんはおもちゃをあまり欲しがらないタイプだったそうです。「これで遊びなさい」と用意されたものよりも、目の前にある紙と鉛筆で、自分なりの遊びをつくる。
ルールを考え、名前をつけ、意味を与える。自分で世界を立ち上げて、自分で楽しむ。マンガづくりは、その延長にありました。
子どもの遊びは、放っておくと自然にルールが生まれます。走っているうちに境界線ができ、禁止事項が生まれ、新しい技に名前がつく。名前がついた瞬間、その遊びは誰かと共有され、やがてひとつの文化になっていきます。
そうやって自分で世界を立ち上げていく感覚は、ただの思い出ではなく、タナカさんの世界との向き合い方そのものでもありました。

商店街は「遊び」の素材にあふれる
商店街という場所は、この「ルールが生まれる条件」を自然と備えています。
看板のクセのある文字、どこからか漂ってくる匂い、八百屋の呼び込みの声、店主の手元の滑らかな動き。すれ違う人の会話や、路地の奥へと続く抜け道。時間帯によって変わる空気。画面の中には収まりきらない情報と素材が、あたり前のようにそこにある。
だからこそ、歩いているだけで、人は自然と遊びはじめます。
「この看板、なんでこの書体なんやろ」
「この路地、抜けたらどこに出るんやろ」
ツッコミを入れたり、観察したり。一歩進むごとに、自分なりの見方やマイルールが生まれていく。

商店街は、わかりやすく整えられた場所ではありません。店の並びにも、看板にも、路地にも、少し雑多なところがあります。でも、そのわかりにくさがあるから、歩きながら自分で見つけることができる。どの店に入るか。どの道を曲がるか。何を面白いと思うか。
商店街は用意された遊び場ではなく、訪れる人が勝手に遊びを立ち上げてしまう場所でした。
身体が受け取る「直感」とまちに出るきっかけ
「直感や予感は、身体感覚が受け取っている」
商店街を歩いて「なんかいいな」と感じるとき、私たちは頭だけで考えているわけではありません。匂い、音、距離感、温度、声のトーン。そうした無数の情報を、身体が先に拾っています。だからこそ、この体験はデジタルでは置き換えきれません。

SEKAIHOTELの客室も、宿の中だけで完結するようにはつくられていません。フロントで鍵を受け取り、スタッフと話し、外に出て、商店街を歩く。泊まる場所が、まちに出るきっかけになっています。
その起点となるのがフロントです。鍵を受け取るだけの場所ではなく、スタッフとの会話が生まれ、近所の子どもが挨拶に寄り、外国人観光客と地元の人がすれ違う。すべてを“教えられる”のではなく、まちの日常がふと立ち上がる場所。
「泊まる」という行為は、ただ寝るためだけのものではありません。まちの中に入っていくための入口にもなります。
次回:銭湯と「身体感覚」
次回は、いよいよ銭湯での体験へ。
電気風呂という少しクセのある文化が、なぜ今の時代に効いてくるのか。
「電気風呂は、楽しみをひとつ増やす装置」
「私たちは身体感覚を失いかけている」
「商店街って、実は身体感覚なんですよ」
この3つの言葉をつなぎながら、布施での“電浴ステイ”の魅力と本質を、もう少し具体的にひもといていきます。

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